電通総研

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「クオリティ・オブ・ソサエティ」レポート
こちらは2023年までの電通総研が公開した調査関連のレポートです。過去のレポート記事は、以下のリンクからご覧いただけます。毎年掲げるテーマに即した、有識者との対談、調査結果、海外事例、キーワードなどがまとめられています。
電通総研所長 谷尚樹
人と社会の変容に着目し、
これからを探るメディアに
電通総研のWebメディア「電通総研」がオープンしました。所長・編集長の谷尚樹は、「未来に向かって進む人たちの“羅針盤”のような存在になれれば」と、本メディアが目指す姿を紹介します。そして、「人」と「社会」についての視点、さらにこのメディアで出会う皆さまへのメッセージを語りました。
2020.02.13

# クオリティ・オブ・ソサエティ

# 地域課題


谷尚樹編集長が話している様子

解決を先送りにしてきた課題と新たに直面する課題と

谷編集長は昨年、『電通総研』の所長に就任すると同時に、Webメディア『電通総研』の立ち上げを準備してきました。いまこのタイミングで世の中をどんなふうに捉えているのか、まず聞かせてください。

昨年は、2020年以降の社会について深く考えさせられるような出来事がいくつもありました。あくまで私が気になったこと、という観点ですが、1つ目は昨年9月にニューヨークで開かれた国連気候行動サミットでの、グレタ・トゥーンベリさんのスピーチです※1。強い口調で大人たちに対して地球温暖化の責任を問うグレタさんの姿が、世界中で大きな議論を巻き起こしました。

政治や経済をはじめとして社会のリーダーたちが、いまどのような行動をするのか。それがそのまま、次の時代の人たちが生きる社会の姿を決めてしまうのだという大きな課題を、私たちは突き付けられたのです。

その一方で、こんなことも気になりました。同じ時期に日本ではタピオカがブームになり、2019年のヒット商品になりました。昨年は、廃棄プラスチックによる海洋汚染も問題になりましたが、グレタさんと同じ世代の日本の若者の間では、プラスチック容器のタピオカドリンクを手にして街を歩くのが一つのファッションになりましたよね。誰もが屈託なく楽しんでいる。

私は、広告の仕事に長く携わってきて、もしかすると流行をつくる一端を担ってきたかもしれないと思うと、若者の両極端の現象を見て、とても複雑な気がいたしました。

2つ目は、私は千葉市に住んでいるのですが、昨年秋、千葉は何度も大型台風の被害に遭い、被災地の復旧や生活の再建にはまだ時間がかかりそうです。とくに9月の台風15号の時は、自宅のテレビで台風情報を見ていて、当初はあんな大災害が起こっているとは気が付かなかったんです。現地からの報道も詳しくなかった。

関東地方の民放地上波テレビ局は、千葉テレビを除いては、東京キー局が1都6県をカバーしています。全国や海外のニュースもある中で、足元の地域情報を伝える時間がもともと少ないのだろうと思います。台風19号の際は、地域報道の体制が強化されたようでしたが。また、大規模な停電が起こると、テレビだけでなくSNSやコミュニティFMもすぐには機能しない。

大きな災害に直面している人たち自身が、いま、どういう状況にあるか、これからどう行動したらよいのか、的確な情報を得られるようにすることが、千葉に限らず大きな課題であるように思います。行政や警察消防などに頼れないこともあるかもしれない。いざという時に、隣近所の人たち同士で助け合えるような日常のコミュニケーションを意識しておく必要もあると感じました。

3つ目の出来事は、テクノロジーに関することです。具体的には、2019年はAIという言葉が毎日のようにメディアに登場しました。「AIが人間の仕事を奪うのでは」「いや、だからこそ人間ならではの能力が浮き彫りになるのでは」というような議論がさまざまに交わされました。

AI時代の人間社会はどのようなものであるべきかという新しい課題に、私たちは直面し始めたようです。テクノロジーの進歩に伴って、社会のさまざまな仕組みも変わらざるをえないと思いますが、変わらず大切なことは、人を中心に考えるべきだということではないかと思います。

「AIとは?」を問いかけることは、すなわち「人間とは?」を問うことに他なりません。昨年の東京モーターショーにおいて、トヨタ自動車の豊田章男社長は「主役はクルマじゃない、主役は人だ」とスピーチされたのが、とても印象的でした。

これらの3つのエピソードを振り返って、現代に生きる私たちは、いままで解決を先送りにしてきた多くの課題が待ったなしの状況になっているのに加えて、さらに新しい課題にも直面することになったと痛感します。2020年は、解決は難しいけれど、課題に果敢にチャレンジするしかない年だと予想しています。

※1 グレタ・トゥーンベリさんのスピーチ
2019年9月にニューヨークで開かれた国連気候行動サミットにおいて、スウェーデンの環境活動家である16歳のグレタ・トゥーンベリさんが「温暖化解決よりも経済発展を優先している」といった趣旨のスピーチを展開、大人世代を激しく批判する姿がメディアに多く取り上げられた。
谷尚樹編集長が話している様子

クオリティ・オブ・ソサエティ。人を中心に、社会を考える

グローバルとローカル、いまと未来、そして人間そのものについて…いくつもの観点が挙がりましたが、それらを行き来しながら『電通総研』はどんなことを志向していくのですか?

『電通総研』は、活動のテーマとして「クオリティ・オブ・ソサエティ」という言葉を掲げています。これは実は、1992年に株式会社電通総研が発表したレポート「日本の潮流」のサブタイトルとして使った言葉なんです。

当時は、バブル経済が崩壊していく時代でした。人も企業も、経済的な豊かさを謳歌した社会に代わってどのような社会が訪れるのかを探っていた時期でした。『電通総研』は「これからの社会の質」に焦点を当てて、レポートを作成したのです。実は、私もそのころの『電通総研』のメンバーでした。

いまは、時代背景が全く変わっています。いまでこそインターネットによるコミュニケーションやデジタルデバイスが社会の重要なインフラになっていますが、1992年には携帯電話も十分普及していない時代でした。

先ほど申し上げたように私たちの社会は、課題がどんどん増え続け、複雑化しています。そこで『電通総研』が新しい活動を始めるにあたって、もう一度、社会の質に注目してみよう。社会を構成する人の意識や価値観がどのようなものであり、どのように変化しているのかを把握してみよう。人を中心にした視点から、「社会の質」を考えてみよう。

そういうことで、再び「クオリティ・オブ・ソサエティ」という言葉を引っ張り出してきたというわけです。

具体的にはどのような活動を考えられていますか?

活動の手始めとして、社会を構成する人の意識や価値観について独自に調査を行うことにいたしました。電通は顧客のマーケティングをお手伝いする会社として、長年にわたってさまざまな調査の仕事を行っています。

マーケティングは、企業が生み出すモノやサービスと、顧客との対話の仕事です。モノやサービスを消費してもらうためには消費者の意識や行動を把握しないといけない。メディアビジネスについても同じです。読者、視聴者、聴取者、メディア接触者の意識や行動を知ることが基本です。

ですから、『電通総研』が「クオリティ・オブ・ソサエティ」の活動を行うにあたって、社会についての人の意識や価値観を把握することが、第一だと考えました。

さまざまな社会の制度やシステムや、それを支える技術などがサプライサイドであるとすると、私たちは人の意識、つまりデマンドサイドの側面を大切にしたいと思います。消費や情報行動についての電通の経験が生かしていけるのではないかと思っています。

そうはいっても、人の意識や潜在的な思いを見つけだすことは、そう簡単ではない。調査の設計や分析にあたっては、外部の識者の方々に相談して進めています。

結果がまとまった際にはこのWebメディア『電通総研』で公表していくつもりです。多くの方たちに関心を持っていただき、「クオリティ・オブ・ソサエティ」の意見交換の場が広がることを期待しています。

電通総研のロゴ

Peer to Peerの関係が次々と広がる場

そうした方々と、どんな関わり合いをしていきたいですか?

イメージしているスタイルは“Peer to Peer”※2です。ご存じのとおり、もともとはコンピューターなどの端末同士が対等に通信するという意味で、翻って人と人とのフランクで対等な関係性という意味でも使われ始めているようです。

『電通総研』の「クオリティ・オブ・ソサエティ」の活動は、すべて自前で完結しようと思っているわけではありませんし、できるわけもありません。誰かがリーダーでもフォロワーでもない、フラットで開放的な関係をどんどん広げていきたい。

基本的には私を含め、『電通総研』の個々のメンバーも、あくまでPeerのひとりとして参加し、つながり合って、活動していきたいと思っています。

電通総研のロゴを見ていただくと、左側の「クオリティ・オブ・ソサエティ」の部分が正方形になっていて、住宅の間取り図に見立てると四畳半の部屋に見えると思います。四畳半にしては開口部がとても大きいでしょ。いろんな人が自由に出入りできるような設計になっているんです(笑)。

オーナーとしては来客大歓迎です。『電通総研』は“Peer to Peer”の関係をどんどん広げていく場にしたいと思っています。

※2 Peer to Peer
通信技術上の用語で、コンピューター同士に主従関係がなく、一対一で対等に通信すること。そこから転じて人と人とのフラットなつながりといった意味合いでも使われる。
谷尚樹編集長が話している様子

まずは「地域」と「次世代」に焦点を当てていきたい

では、そうした方々との協業を通して、『電通総研』はどのような存在になっていきたいと考えていますか?

ひとことでいうと、未来に向かって進もうとする人たちの“羅針盤”のような存在になれれば、と思っています。“羅針盤”は方位を示す道具ですが、使う人に対して進む方向を決めつける道具ではありません。東へ進むも、西へ進むも、使う人次第。

ただし、「東」というのはどんな社会につながるのか、「西」へ行けばどういうことが起こりそうなのか、そういうデータや根拠を提供する存在になれたらいいなと思います。「クオリティ・オブ・ソサエティ」をテーマとして、『電通総研』が明るい未来の萌芽を育んでいる人たちと一緒につくる“羅針盤”です。

繰り返しますが、世の中には、解決すべき課題が山のようにありますよね。課題の輪郭すら分からないものや、課題同士が複雑にからみあっているものも多いです。

すべてを『電通総研』が手掛けられるわけはありません。まずもって注目したいのは「地域」と「次世代」の2つのテーマです。東京中心にものごとを考えていては見落としてしまう課題が地域にあります。

また、次の世代にどのような社会を残してあげるべきなのか、いまだけではなく、未来を想像しながら考えて行動することが、私のような世代の責任だと思います。10代の高校生や中学生にも、ちゃんと顔を合わせて話を聴いてみたいですね。そんなことができたら、このメディアでご紹介したいと思います。

Interview/Text by Tomoko Takashima
Photographs by Kazya Sasaka



谷尚樹 たに・なおき

電通総研所長・編集長

1956年愛知県稲沢市生まれ。1980年株式会社電通入社、1987年~93年に株式会社電通総研に出向。2019年4月『電通総研』所長。

1956年愛知県稲沢市生まれ。1980年株式会社電通入社、1987年~93年に株式会社電通総研に出向。2019年4月『電通総研』所長。