このたび、dentsu Xでロンドンを拠点にグローバル・マネージング・ディレクターを務めるサンジェイ・ナゼラリ氏が電通総研のフェローに就任しました。ナゼラリ氏は英国のMTV、BBCをはじめ、メディアとマーケティング領域で活躍してきた世界的なソートリーダー※です。株式会社電通と電通総研が提案するSSX(社会システム・トランスフォーメーション)をテーマとした『日本の潮流・SSXで創る「余力社会」という未来へ~実現に向けた20のKeywords』(以下、『20のKeywords』)をもとに、ナゼラリ氏が考えるソートリーダーシップとはなにか、いま世界ではどのような課題が注目されているかを伺いました。
※「ソートリーダー」とは、特定の分野や産業で、未来を先取りしたアイデアや知見を周りに先んじて提示することで、その分野で第一線の専門家と認識されている人のことを指す。「ソートリーダーシップ」は現在、産業界においても欧米圏を中心に注目を集めている。
聞き手:電通総研 プロデューサー 馬籠太郎
ソートリーダーシップとは何か?
電通総研にようこそ。まず初めに、ナゼラリさんが考えるソートリーダーシップとはどのようなものかを教えていただけますか?
「ソートリーダーシップ」という言葉は広く使われ、さまざまに解釈されていますが、私にとっては、変化を引き起こすインサイトのことです。インサイトは、どんな分野からでも得られます。芸術から科学まで、医学からマーケティングまで、ビジネスから社会まで、領域を問いません。私の言う「インサイト」とはデータや調査のことではなく、新たな理解のことです。もちろん、その理解はデータや調査から得られるかもしれませんが、結局、インサイトは常に人によって生み出されるものなのです。人は機械よりも、さまざまなアイデアを創造的に結び付けることに長けています。だからこそ、インサイトは本来的に人が起点となるのです。よって、ソートリーダーシップは単なるインサイトではありません。変革を促し得るインサイトなのです。
SSXにつながる5つの課題
今回、SSXをテーマとした『20のKeywords』を提案しました。こちらをご覧になって、どのように思いますか?
日本の読者に向けて作成されたとのことですが、世界につながるキーワードがたくさんあります。今回は、このなかから5つのキーワードをピックアップし、私が考える世界的課題について述べます。
課題1:テクノロジーと倫理
マイクロソフトのサティア・ナデラ最高経営責任者(CEO) は、同社開催の技術者開発会議「マイクロソフト・ビルド2018」で、「テクノロジーが教えてくれるのは、何ができるかということだけで、何をすべきかは教えてくれない」と述べています。テクノロジーと倫理に関するテーマは世界的にきわめて重要で、「テック倫理」というキーワードにも関連しています。このことから2つのアクションが考えられます。
1つめは、すべての技術開発者が実践すべき世界標準としての倫理的意思決定について、基本的な訓練を実施することです。医療を実践するための世界的な標準があるのと同様に、倫理的意思決定についても世界的な標準があってしかるべきではないでしょうか。
もう1つは、公民教育の「刷新」です。かつて世界中で議論されていたのに、この10年ほどですっかり鳴りを潜めてしまった話題ですが、SSXに向けて、公民教育をどう設計しなおすべきか考えることができるでしょう。
課題2:「私たち」と「私」
「自国第一主義」対「国際協調」のように、最近の世界の特徴は大きな「分断」です。このことは、『20のKeywords』における「『社徳』経営」や「寛容と敬意」といったキーワードと関連しているだけでなく、公民教育に対する私の考えにも反映されています。私たちは、「私たち」と「私」の間の関係性を捉える新たな方法を学ぶ必要があります。新型コロナウイルス感染症の世界的拡大がまさに示しているように、「私たち」の健康は、「私」という個人レベルで、それぞれが感染予防対策に取り組むか否かにかかっているのです。SSXの実現に向けて、「私たち」と「私」は、決して矛盾するものではなく、むしろ実によく調和するものだということを示す必要があります。
課題3:「仕事」に対する考え方
世界的に、若者は仕事より人生や生活の質を優先する傾向にあります。これはおそらく、2008年の世界金融危機以降、経済の先行きが見通しにくくなっていることによるものと思われますが、「ギグエコノミー」の成長もその傾向に拍車をかけています。また、若者は、サブスクリプションやその他の方法で「借りる」ことができるのであれば、あえて「所有する」ことにこだわらなくなっています。親の世代は仕事が中心でしたが、若者は社会参加、参加型体験、自律性などの方が、はるかに大きな影響力をもつようになっています。
課題4:「政治」と「目的」
多くの国の若者にとって、「政治」は政府の制度という意味であまり興味を持てないものになりつつあります。しかし、その一方で、「目的」がより大きな意味を持つようになっています。資本主義反対デモ、気候変動に対する行動を呼びかけるデモ、ブラック・ライブズ・マター運動や平等を訴えるデモなど、明確な目的を持った行動が増えています。若者は「政治」への興味を失ったわけではなく、政府の制度に興味を持っていないということなのです。彼らは、社会運動や直接行動を通じて政治的意思を表明しているのです。
課題5:効率の危険性
このテーマはSSXだけでなく企業にとってもきわめて大きな影響力を持ちます。私たちは、効率を重視するあまり、負のショックに対する強靭性(レジリエンス)をないがしろにしてきました。これも世界的な傾向です。あるビジネスリーダーに効率の危険性についてどう思うかを尋ねてみたところ、きわめて明確な答えが返ってきました。次なる危機に備えるために、社会全体、産業全体で効率というものを再考する必要があるというのです。これは、『20のKeywords』における「ネクストクライシス」と関連しています。
ナゼラリさん、『20のKeywords』を起点に、洞察をめぐらせていただき、ありがとうございました。SSXは日本だけでなく、グローバルな観点からも必要であることがよくわかりました。SSXの実現に向けて、今後も電通総研と一緒に発信していきましょう。
本文中で触れたキーワードは、こちらからご参照ください。
日本の潮流・SSXで創る「余力社会」という未来へ~実現に向けた20のKeywords
当記事は電通インターナショナルと協働で作成し、サンジェイ氏による投稿記事は下記からご覧いただけます。
Five Concepts for the New Different