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職業を選ぶ。その営みが多様になっています。個人も、組織や社会も、選択肢の広がりを求めて動き始めています。
職業意識の変動、始まる
電通総研の調査*1では、日本社会における職業のあり方に「変化が生じる」と回答した人は81.1%でした。また、今後自分がついている職業が「デジタル化や技術の進歩などの影響を受ける(60.9%)」など、変化の予兆を敏感に捉え、「違う職業・仕事につくこと」を考えている人が42.9%いました。「よりよい仕事や収入を得ることを目的とした能力開発」に取り組んでいる人も62.5%。これからの社会を見据え、職業に関する人の意識はすでに動き始めています。
会社員から個人事業主へ
2021年1月に株式会社電通は「ライフシフトプラットフォーム」という新しい施策をスタートします*2。会社を早期退職した社員が、電通グループ内に創設した新会社「ニューホライズンコレクティブ合同会社」と業務委託契約をして、個人事業主として働くというしくみです。自立した個人と電通の長く続く信頼関係の構築が目標です。職能や専門スキルを学び直し、新しい職業にもチャレンジできるよう、組織も動き始めています。
さまざまな職業を支えるしくみ
個人動画配信や個人請負による宅配サービスなどの新しい技術やプラットフォームを生かした職業、プロゲーマーのような趣味から発展した職業など、新しい職業が次々と生まれています。また、社会状況や産業構造が転換していくなかで、失業や転職を余儀なくされる人びとも出てくるでしょう。いままで想定していなかったリスクに対応する保険制度や契約書、約款の標準化、スムーズな職の移動の支援など、新しい社会システムの整備が必要とされています。

働き方、帰属意識や人とのつながり、人生における仕事の位置づけなど、働く人の意識に大きな変化があらわれ始めています。
タイムフリー・プレイスフリー
密を避ける「新しい生活様式」の定着とともに、一部業種においてはリモートワークなどによって働く時間と場所の自由が創出されました。東京都では2020年4月から半年間で5,000人を超える転出超過*3となり、東京一極集中にも変化の兆しが見えています。満員電車に乗らなくていい。住みたい場所で働ける。自分に合った働き方をしたいと思う人が増えています。
「働くこと」のプライオリティリセット
電通総研が参画する世界価値観調査によると「余暇時間が減っても、常に仕事を第一に考えるべき」という考え方に賛成する人の割合が14年間で約10ポイントも減少*4し、20.3%(2005年)から10.1%(2019年)となりました。2019年の日本調査の結果を国際的に比較すると、この数字は77か国のなかで最も低い数字*5です。日本に住む多くの人の心のなかでは、仕事が第一ではなくなってきているようです。
バーチャル・トライブ
人びとの特定の組織への帰属意識は希薄になりつつあります。一方、デジタルツールの普及により、バーチャルも含めた多様なコミュニティのあり方に人びとは気づき始めました。仕事や生活を一つのコミュニティのなかで完結させず、複数のコミュニティに関わりながら、異業種、異分野、異年齢の人と交流し、横や斜めのつながりを広げることに積極的なバーチャル・トライブ(部族)が増えていくことが予想されます。

人生における仕事の位置づけが変わるなかで、「いまの職業一筋」がよいという考え方が柔軟に変わっていく兆しが見られます。
副業、複業、福業
職業欄の選択肢を一つしか選べない時代は終わるかもしれません。収入の補填や趣味の延長としての「副業」ではなく、複数の本格的な職業を同時にこなして「複業」収入を得る。そんな働き方を実践する人も出てきています。変化の激しい時代において、複数のやりたいことを追い続けることは、リスクヘッジにもなり、幸福感を高める「福業」にもなり得ます。
学問とビジネスのボーダーレス化
学術研究とビジネスの距離が縮まっています。研究活動と事業の両方をおこなうことで、研究発のイノベーションが社会にタイミングよく実装され、社会課題に新たなソリューションをもたらすスピードが上がるでしょう。大学発ベンチャー企業、企業内発明、大学や研究機関が主導する地場産業開発など、アカデミックな実業家に期待が高まります。
モチベーション・マイルール
プロスポーツにシーズンのオン・オフがあるように、仕事へのコミットの度合いが時期によって変わってもよいのではないでしょうか。企業の制度としてはリモートワーク、週休3日制などのフレキシブルな働き方や、サバティカル休暇、社外組織への出向、留学制度などの個人の成長支援のしくみが普及し始めました。大事なのは個人の自律性を高めること。仕事との距離をコントロールし、モチベーションを維持するために、オンとオフのメリハリをつけるマイルールを持つことが、人生の充足感をもたらすでしょう。

年齢、国籍、人種、ジェンダー、障がいなどが制約にならない社会へ。多様な人材が活躍するために求められることは何でしょうか。
3030
2030年には指導的地位につく女性を30%以上*6に。これを最低限の目標とし、誰もが性別にとらわれず活躍できる社会の実現が望まれます。女性の正規雇用の割合と管理職の女性比率を上げるには、経営層が意識を変え、制度をリデザインしていくことが必須です。ジェンダー・ギャップ指数*7の順位が低迷する最大の原因である経済分野において、ジェンダー平等に取り組むことは急務です。
オルタナティブな入り口設計
新卒一括採用という慣習が根付く日本には、職業への門戸が排他的であるという課題があります。海外に目を向けると、例えばイギリスの「アプレンティスシップ制度」では、ある職業に必要なスキルを現場で習得しながら同時に給与を得ることができます。企業にとってもスキルギャップの解消や人材の多様性確保につながるため、政府からも奨励されています。他国の事例を参考に、画一的でないキャリアへの入り口を設計していく必要があるでしょう。
日本版リスキル革命
これから社会で必要が高まると予想されるスキルの学び直し、すなわち「リスキル」に注目が集まっています。特に、ミドル・シニア世代での専門性の変更やスキルのアップデート、転業を支援するしくみが望まれます。世界経済フォーラムが「リスキリング革命プラットフォーム」を構築し、シンガポールでもスキルチェンジのためのプログラム*8が始動しています。日本においても、働き続けたいすべての世代の人や再就職を希望する人へのリスキル支援、そして習得したスキルをマッチングする社会システムの整備が期待されます。
リバースメンタリング
近年、部下が上司のメンター(相談役)となって助言をするという「リバースメンタリング」に注目が集まっています。台湾では、35歳以下のソーシャルイノベーターが複数人、大臣の「リバースメンター」として任命される制度があり、政府に新しい価値観を反映させています。日本でもベテランが若い世代から知恵や助言をもらう仕組みを取り入れる企業が外資系を中心として増えてきました。目まぐるしく変化する時代においては、これまでのやり方だけではうまくいかないケースも出てきます。新しい価値観を柔軟に採り入れるために、立場や世代を超えたコミュニケーションが有効でしょう。
テレパラワーク
コロナ危機をきっかけに、テレワークという働き方がさまざまな業種・職種に広がりました。テレワークの普及は、通勤に困難を感じるような障がいをもつ人びとの就業機会を広げる可能性も秘めています。2021年3月、民間企業での障がい者の法定雇用率は2.3%に引き上げられます。「一緒に」という意味のギリシャ語である「パラ」という言葉のとおり、障がいの有無に関係なく、多様な人材が一緒に働ける社会の実現が求められます。
*7 世界経済フォーラムが公表する、各国における男女格差を示す指数。 2020年の日本の順位は153か国中121位。(https://www.gender.go.jp/public/kyodosankaku/2019/202003/202003_07.html)

地球環境の保護・再生の仕事、高年齢者が意欲をもって働き続けられる仕事、人びとの生活基盤を支える仕事。職業の新しい社会的意義を考えます。
グリーン・ジョブ
環境の保護・再生は、世界共通の課題です。国際労働機関では、それらに貢献する職業を「グリーン・ジョブ」と定義しています。このなかには、再生可能エネルギー関連などの新しい職業分野だけでなく、モノづくりや建築などの伝統的分野における環境負荷低減に貢献する職業も含まれます。脱炭素社会に向けた国際的な動きは加速しています。日本政府が掲げる「2050年地球温暖化ガス実質ゼロ」の実現に向け、「グリーン・ジョブ」に従事する人材の育成が急がれます。
エルダリーワーカー
人口減少と超高齢社会に向けて、高年齢者の経験や職能を最大限に生かしていくことや、働きやすい環境をつくることが求められます。2021年には、改正高年齢者雇用安定法が施行され、70歳まで就業機会を確保することが事業主の努力義務と定められます。高年齢者が健康を維持しながら、生きがいをもって長く働き続けることのできる社会を実現すること。それは次世代の希望にもつながるでしょう。
キーワーカー
コロナ危機によって、医療、介護、保育、食料、流通、輸送、エネルギー、土木建築、行政機関など、人びとの生活基盤を支える職業の重要性が再認識されました。これらの多くはリモートワークに置き換えるのが難しい仕事です。今後、新たなクライシスに対応する防災・減災、サイバーセキュリティー分野の職業の社会的意義も高まるでしょう。キーワーカーには、働きがいを感じられる待遇と社会からの敬意が望まれます。

地域には、次の時代の産業が芽吹き、先端技術がいち早く活用されるチャンスがあります。 日本の各地域でいま、新しい職業のうねりが生まれています。
地域発「ポスト情報産業」
DXが加速する一方で、「ポスト情報産業」ともいうべき新しい経済の萌芽が地域で見られます。「健康・医療」「環境(再生可能エネルギー等)」「生活・福祉」「農業」「文化」など、人の生命や生活に関わる産業は、コンパクトで地域に親和性の高い領域*9です。未来に向かって、人間社会の中心価値は情報から生命へ。ポスト情報産業のインキュベーションの場は地域です。
先端技術の社会実装フロンティア
新しいテクノロジーの社会実装に積極的に取り組む地域が増えています。「マイクログリッド」もその一つ。エネルギーの地産地消を目指す、小規模で自立的な電力網のことです。再生可能エネルギーとも親和性が高く、災害に対する強靭性の高いシステムとして注目を集めており、小田原市や宮古島市などで実装が始まっています。地域の課題解決に最先端技術を活用する。職業のフロンティアは地域にありそうです。
地域の活性化が自己実現に
地域で暮らす人と地域外で活動するプロフェッショナル人材とが、テレワークによって協働することで、地域の活性化につながる事例が生まれています。自分の職能や専門スキルを生かしてどこかの地域に貢献することは、新たな働きがいの発見や自己実現につながることもあるでしょう。まずは、このような「リモート貢献人口」の職業機会を拡大し、リアルでも貢献してくれる人口増へとつなげていくことが、地域の発展のカギとなります。

人びとの自主自立の精神は、社会の基盤であり経済の底力です。組織人も自ら営む意識を行動に移していく時代を迎えました。
自営業の基盤
「自ら営む」の原点は「自前でやること」。効率化を求めて社会や組織の分業構造が進んだために、一人ひとりが自ら関わる範囲が狭くなってしまったのが現代の特徴かもしれません。映画『モダン・タイムス』*10の主人公を想起させます。自営業にとって大切なことは、顧客との強い絆づくり、ユニークな商品やサービスのアイデア開発、安定した調達ルートの開拓など、事業の基幹部分を他人任せにしないこと。DXも常時委託ではなく、内製でおこなうしくみの設計が目標とされるべきでしょう。
新しい自営の力と志
1901年、創業当時の電通*11は、自主自立の志から生まれた、とても小さなベンチャー企業でした。日本では長らく、自営業の活力が産業発展の起点となり、地域や社会の安定の基盤となってきました。自営業主の数は減少し*12 、高齢化も進みましたが、一方で、後継者育成、経営基盤強化、事業変革などのサポートが始まりました。スタートアップ企業も続々と誕生しています。自営の力と志をもつ起業家が、日本社会の未来を拓くはずです。
ライフロング・キャリア設計
人生100年時代。一人ひとりがライフイベントに合わせたキャリア設計の長期プランをもつことが必要です。企業や組織に所属していたとしても、社会のトレンドを先読みして、職能や専門スキルを自らアップデートする。ライフロング・ラーニング(生涯学習)、スキルアップ・トレーニング、仲間とのネットワークを生かした自分磨き、信頼できる人への相談。自ら営む時代へ向け、適切な準備をして設計図を描くことが、一人ひとりの生きがいにもつながります。
誰もが未知の世界の一期生
これから社会にデビューする人たちは、かつて誰も予想していなかったことをたくさん経験すると思います。でも、悩み、惑いながらも荒波を乗り越えた先にはきっと、社会の中核を担う存在となり、輝く未来が待っています。何のために働くのか? 自分はどんな役割を担うことができるのか?いま問い直してみることが、すべての世代の人にとっても、必要ではないでしょうか。人が生きがいを感じられる、これからの社会のために。
クオリティ・オブ・ソサエティ 2021「職業、動く。」
電通総研所長・編集長 谷尚樹
副編集長 山﨑聖子
プロジェクトリーダー 吉田考貴
監修 前田真一
プロジェクトメンバー
木村亜希 小橋一隆 千葉貴志 中川紗佑里 日塔史 保科朗 馬籠太郎 渡辺祐(五十音順)