電通総研フェローの服部一史さんは現在、民間企業の社外取締役やラジオ放送局の監査役を務める傍ら、堺市文化振興財団理事長、神戸市広報戦略アドバイザーとして地域の文化事業に携わっています。関西で43年間を過ごし、今も地域に根差した文化事業に従事している経験から、これからの地域の活性化に大切なことや電通総研に期待することを伺いました。
聞き手:中川紗佑里
場所:engawa KYOTO

京都の良さは、「狭さ」から生まれる、人の「近さ」
――関西を拠点に、長い間お仕事をされてきて、今感じていることをお聞かせください。
1977年(昭和52年)に電通へ入社後、私の最初の配属先が大阪でした。東京育ちの自分にとって未知の地の戸惑いはありましたが、仕事上の関わりが深かった神戸を中心に1995年に阪神・淡路大震災が起こったことが、このまま関西でと思うようになったきっかけです。その後2003年に京都へ異動するわけですが、そこでの8年半という期間が、とても大きな財産の一つになっています。同じ関西でもそこはまったくの別世界です。
京都の一番良いところは「狭い」ということです。人口約147万人(京都市)が、狭いエリアに密集している。その人口の10%以上を占める約15万人の学生たちをはじめ、企業、大学、宗教関係者、伝統産業・芸能の継承者など異業種の人同士の交流が日常的な風景の中にあたりまえにあります。場所がどこであれ、その地域にあるコミュニティに入れるか入れないか、というのは重要ですが、京都の「狭さ」から生まれる、人の「近さ」によってできたネットワークが今も生きていると感じています。閉鎖的と思われがちですが情報感度は高く実はオープンです。
43年間、よそ者の感覚でいるからこそ、地域に眠っている資産に気付く
「現在」を分析して「未来」を予測するというのは、電通総研が取り組まなければならないことの一つだと思いますが、私は今「過去」というものがとても重要になっている気がします。百年の計という言葉が連想されます。コロナ危機では、約100年前に流行したスペイン風邪の話が引き合いに出されました。菊池寛は、疫病の感染予防やマスク姿があふれる町の風景を『マスク』の中で書いています。子どもたちが罹患した与謝野晶子は「感冒の床から」という小文で当時の政府の無策を強烈に批判します。情報が不十分であった時代における文学者の高い想像力に驚かざるを得ませんでした。表面には見えないけど、ゆっくりと変化している流れとかは100年ぐらいの単位で見ていかないといけませんね。
100年前ぐらいは本当に歴史的な事件が多いですね。例えば1923年には関東大震災が起こります。それによって東京山の手への移住と同時に関西移住が進みました。小説家の谷崎潤一郎もその一人です。彼は「私の観察は、やはり何処までも『東京から移住した者』の眼を以てすることになるであろう」と自戒を込めて言い続けました※1。彼は、「よそ者」として関西をシニカルに観察しながらも、やがて関西で学んだことを『陰翳礼讃』『細雪』などへ昇華させていきます。谷崎に学ぶまでもなく「よそ者」の視点で見るからこそ気づく、地域に眠っている資産は無限にあると思います。

日本の表現者を見つめ直そう、という兆し
――これからの文化事業と地域の関係をどのように見ていらっしゃいますか?
会社をリタイアしたら、小さな音楽ホールや美術館の館長になるというのがひそかな夢でしたが、2020年6月から、縁があって堺市文化振興財団の理事長を務めています。アルフォンス・ミュシャの世界的なコレクションを持つ美術館やフェニーチェ堺などの公共ホールの企画・運営を行う財団です。お引き受けしたと同時にコロナ危機下の「文化事業は不要不急か」という問題に直面することになります。「芸術支援は最優先事項」と語ったドイツのメルケル首相の名スピーチが世界的な話題となりました。事態の長期化と共に人びとのメンタルな領域を満たす上で芸術文化やエンタテインメントが果たす役割の大きさは認識されつつあるのではと思っています。
新しい潮流も生まれはじめています。一つはオンライン配信ですが、例えばあるミュージシャンは「新しい感動を発明したい」と、オンラインライブでも「生」で視聴してもらうことにこだわり、音楽の価値を下げないために、コンテンツの作り込みを徹底しています。オンラインの安易な氾濫はコンテンツの無料化進行にもつながりますから。他にも、現代作曲家の中には「ディスタンス」という概念を取り入れた音楽を創作したり、オンライン配信の際に起きるディレイ(音声に対して映像が遅れる現象)を音楽に反映させる実験をはじめている人もいますが、こういう事態がなければそういう発想は生まれなかったことでしょう。
そして、もうひとつ押さえておきたいのは、アーティストが自由に往来できなくなったことで、身近な日本の表現者をきちんと見つめ直そうという流れです。特に注目したいのが、地域に根差して活動する表現者です。彼らこそ今一番支援をしていかなければなりません。今は、表現者にとってエネルギーを蓄える期間ですが、これから、そのエネルギーがさまざまな地域で一気に発散されていくのではないかと期待しています。漫画家・文筆家のヤマザキマリさんは「不条理のもとでしか育たない感性がある」※2と仰っていますね。
よそ者の表現者と地域をつなげる。文化の力で、地域を活性化させる
――最後に、これから電通総研へ期待することをお聞かせください。
兵庫県豊岡市で活動している劇作家の平田オリザさんも、もともとは兵庫県には縁のない「よそ者」でした。仕事のオファーを通じて関わりができてから、人口8万人規模の地方都市であるからこそ可能なことがあると感じはじめ、さまざまな仕掛けをはじめます。「演劇は他者とコンテキストを擦り合わせ、イメージを共有することができる…このノウハウこそ今の日本の地域社会に必要なものではないか」と。そして自ら豊岡に移住します。兵庫県は2021年日本初の公立芸術文化観光専門職大学を開校し、その学長に平田さんが就任します。芸術文化が観光、教育と密接に結びついたかたちでの地方創生として注目していきたいと思います。
たまたま密からの分散、テレワークの日常化という流れの中で地方移住や多拠点居住に注目が集まっています。東京発だけではない他視点、多視点がますます重要です。表現者と地域がつながることで、地域が活性化していく。電通総研には、このような活動を通じて、地域の将来を変えていく原動力にもなってほしいと思います。
――こちらの撮影で利用させていただいたengawa KYOTO※3も、人びとの縁をつなぐ電通の事業共創拠点です。電通総研も、人と人をつなぐプラットフォームになれるといいなと思います。服部さん、ありがとうございました。
※1:谷崎潤一郎「私の見た大阪及び大阪人」『谷崎潤一郎随筆集』岩波文庫、1985年
※2:ヤマザキマリ『たちどまって考える』中公新書ラクレ、2020年
※3:engawa KYOTOは、「ウチとソトの世界と人をつなぐ」というコンセプトから生まれた電通の事業共創拠点。会員制コワーキング、シェアオフィス機能をプラットフォームに、そこに集う個人、企業をさまざまなプログラムを通じて縁をつなぎ、これからの日本の活力となる事業創造を支援している。https://engawakyoto.com/
Text by 吉田考貴
Photographs by 安部国宏