電通総研

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Nesta ベンジャミン・リード氏
社会的イノベーションを起こすための実践的ツール『DIYツールキット』日本語版公開

英国・ロンドンに拠点を置くイノベーション・ファンデーション「Nesta」(英国国立科学技術芸術基金)は、社会的イノベーションの促進を目的に英国国内にとどまらず世界中でプロジェクトを展開してきました。これまでにカナダ政府、世界銀行、国連、OECDなどとの協業実績があります。

同財団が2014年に発表した『DIY ツールキット』には、革新的なアイデアを発想し、洗練させるために有用な30種類のツールが収録されています。アイデアによる社会課題の解決を支援するために、同キットはこれまでに9つの言語でリリースされています。Nestaの公共性の高い活動に共感した電通総研は、このたび『DIY ツールキット』の日本語版を製作しました。

日本語版の公開にあたり、同キットの紹介とNestaの国際イノベーション部門の責任者を務める、ベンジャミン・リード氏へのインタビューをお届けします。

企画・インタビュー:金聖源(電通/BABELO
インタビューサポート:ヤスミン・希和・ハマー
テキスト・写真:吉田直人

厳選された、30種類の思考ツール

『DIY ツールキット』は、Nestaと世界中のさまざまな企業、機関、財団、非営利団体の協力を得て生まれた、企画・開発分野に従事する人びとのための思考のフレームワーク集です。同キットにはNestaが活用してきた数百種類におよぶツールの中から、8つの目的に沿って厳選された計30種類のツールが収録されています。

8つの目的
・未来のことを考える(look ahead)
・明確な計画を立てる(develop a clear plan)
・優先順位を明確にする(clarify my priorities)
・人びとから知見を集める(collect inputs from others)
・一緒に働いている人たちについて知る(know the people I'm working with)
・新しいアイデアを生み出す(generate new ideas)
・テストして改良する(test & improve)
・実施して継続する(sustain & implement)

30種類のツールは現場の状況やチームの目的に応じて、複数のツールを組み合わせて使用したり、特定のツールのみを切り出して活用したりすることができます。各ツールには活用方法の説明や参考資料が記載されているため、原典に当たることでツールの習熟度を上げることができるようになっています。また、実際の活用事例も豊富に掲載されており、使用するツールを選ぶ上で非常に参考になります。

「イノベーティブなアイデアを生むための型」を世界中に無償で配布することで、市民によるボトムアップのイノベーションを促していく。公益性の高いNestaの活動に共感し、日本のみなさんにも『DIYツールキット』を紹介したいと考えた電通総研は、このたび日本語版を製作しました。アイディエーションから事業の運営・拡張まで、さまざまな段階で使えるツールがそろっていますので、ぜひご活用ください。

◎『DIYツールキット』日本語版はこちらからダウンロードできます。
DIYツールキット.pdf

では、『DIY ツールキット』をはじめ、公益に資する数多くの活動をおこなってきたNestaとはどんな組織なのか。国際イノベーション部門の責任者であるベンジャミン・リード氏の話を通じて探っていきます。

一貫して持ち続ける市民へのまなざし

はじめに、Nestaの概要について教えてください。

Nestaは、「National Endowment for Science, Technology and the Arts」(英国国立科学技術芸術基金)の略称で、社会的なイノベーションを促進する慈善財団として、英国を拠点に世界中で活動しています。1998年に英国政府の機関として設立され、2012年には独立した財団となりました。現在では300人を超えるスタッフが勤務しています。

20年以上にわたる活動の過程で、Nestaの運営体制や規模、方針は少しずつ変化してきました。しかし、アイデアと先端的な科学技術の知見を掛け合わせ、ステークホルダーを巻き込みながら社会的な課題の解決にコミットしていくという姿勢は、設立当初から変わっていません。

「イノベーション」を「ある課題を解決する革新的な手法」と定義するならば、私たちの活動内容は、手法の開発から、イノベーションを生みやすくするためのシステムの構築まで多岐にわたります。さらに、それらの活動は、地域や国家、グローバルレベルまでとさまざまです。

Nestaはどのように運営されているのでしょうか?

名称に「Endowment(寄付)」という言葉があるように、基金(財団法人)という形をとっています。英国政府の機関として1998年に設立された際は、National Lottery(公営の宝くじ)を通じて調達した2億5000万ポンド(記事公開時のレートで約380億円)が最初の基金となりました。つまりオリジナルの資金は、宝くじを購入した英国市民からの寄付だったともいえます。現在では、英国政府からの助成金や投資から得る収益が、活動の主要な財源となっています。そのような経緯もあり、当初から現在に至るまで、私たちの取り組みの成果は英国市民に還元されるべきだという考えを常に持ち続けています。

一方で、過去のCEOの下では、Nestaとしてグローバルな慈善団体やアカデミズムのネットワークに参画することが促された時期もありました。つまり、世界の社会的課題の潮流や、それに対するアプローチの手法を学び、得たノウハウを英国の拠点に持ち帰り、より洗練させていくということです。

つまり、慈善財団として英国内への還元を志向しつつも、柔軟な発想を促すためにグローバルな視野も持ってきたということですね。

そうですね。それが、設立時と変わらず、拠点を英国内に置いている理由でもあります。

イノベーションを駆動させる体制

具体的に、どのような体制で取り組んでいるのでしょうか?

Nestaの中ではいくつかの専門的なユニットが稼働しており、その1つが「Innovation Growth Lab」です。これは、気候変動やヘルスケアといった政府の社会的な課題に関する政策の評価や、世界中でどのようなイノベーションが支援されているかを研究するチームです。どの政策・アイデアが効果を発揮したか、なぜうまくいったのか/いかなかったのか、というリサーチを日々実施しています。

他にも「Nesta Challenges」や「People Powered Results」といったユニットもあります。前者は「Challenge Prizes」というアイデア・コンペティションを運営する部門です。革新的なアイデアに対して、資金提供を含めた支援をおこなうというものですね。後者は、チーム・ビルディングや人材育成に特にフォーカスしたユニットです。例えばチームメンバーのエンゲージメントの向上や、リーダーシップの育成をおこなっています。

イノベーティブなアイデアを支援するだけでなく、プロジェクトに取り組むチームの質自体も向上させるということですね。

その通りです。政策的・学術的なコミュニティに参加してリサーチを実施しつつ、ボトムアップ型のアイデア発掘や人材育成もおこなう。それを、英国内外両方の視点を持って実施するということです。仕組み自体は特別なことではないかもしれませんが、長い時間をかけて培ってきたNesta独自のノウハウがあり、私たちの強みになっていると思います。

個人からシステム、そしてインキュベーションへ

冒頭で、Nestaは活動を変化させてきた、と伺いました。社会的イノベーションの促進という基本姿勢は一貫して保ちつつ、具体的にどのような変遷を経てきたのでしょうか?

1998年の設立以降、4つの段階に分けて説明するのが分かりやすいと思います。

最初の段階では、Nestaの活動は「個人」にフォーカスしたものでした。例えば、科学技術の分野で革新的なアクションに取り組んでいる研究者に資金提供をおこなうといったことです。

第2段階では、より「システム」に焦点を当てていきました。例えば、アーティストやデザイナーなどで構成されるクリエイティブ・エコノミーを国家レベルでどう駆動させ、社会的な課題解決につなげていくか。あるいは、英国の将来的な社会・経済の発展を念頭に置いたときに、どの科学技術に政策投資していくべきなのか。そのような、より俯瞰的な視点に立った活動をおこないました。

第3段階のキーワードは「インキュベート(起業支援)」といえるでしょう。先に挙げた「Challenge Prizes」のような、アイデアを公募して助成金を供与するプロジェクトをはじめ、イノベーションが孵化する前の状態や、スタートアップのようにイノベーティブなアイデアを実装していく段階から手助けをする取り組みです。今回日本語版がリリースされた『DIYツールキット』の作成も、この中に含まれています。

そして2020年、新たなCEOとしてRavi Gurumurthyが就任し、2021年の3月には2030年に向けた長期的なビジョン「Nesta's Strategy to 2030」をリリースしました。私たちの活動のフェーズは第4段階に入ったということになります。

次の10年へ向けてNestaが目指すもの

「Nesta's Strategy to 2030」とはどのようなものでしょうか?

この10年にわたる長期ビジョンは、ミッション・ドリブン・ストラテジーという形をとっていて、現在の英国内の課題にフォーカスした3つのミッションから構成されています。それらは、「より公平なスタート(A fairer start)」、「健康的な生活(A healthy life)」、「持続可能な未来(A sustainable future)」です。

それぞれのミッションについて教えてください。

「より公平なスタート」では、就学前児童(0歳〜5歳)から学齢期児童(11歳〜16歳)にかけての学業面での移行について、英国内のさまざまなグループ・社会階層の子どもたちの間にある格差の是正をテーマとしています。就学前の年齢であっても、教育環境には大きな格差があり、それをどのようにして縮めるかということです。

「健康的な生活」では、特に「食」にフォーカスしていきます。例えば英国では、青年期の男女間で、カロリーの摂取方法や程度に異なるパターンがあります。また、特に富裕層と貧困層の間で食環境に大きな違いがあり、貧困層に近づくほど、健康的な食環境からは遠のいていくという現状があります。これが、英国における健康寿命の伸びの鈍化や、主に肥満を原因とした健康問題の増加の一因になっているとして、その解消を目指すというものです。

そして3つ目の「持続可能な未来」。これは、文字通りサステナビリティや気候変動に基づくミッションです。中でも特に、家庭でのCO2排出量をどう削減するかを、データドリブンな手法を用いて考えていきます。

各ミッションが設定された背景には何があるのでしょうか?

まず、ミッションベースのイノベーション支援という手法自体は、Nestaに限らず、他の財団や政府、国家横断的な組織、例えばEUなどでもすでに採用されています。

また、これまでの3つのフェーズで、研究単位への投資からシステム構築、さらにインキュベート事業と焦点をシフトしてきました。このことはつまり、社会的なインパクトが見込める限り、事業自体のタイプは問わないということです。新たなビジョンがそれらと異なるのは、特定の社会課題に向き合い、リソースを投入していくという点です。

CEOのRaviの下、私たちは、事業の選択と集中をすることによって、Nestaの強みを生かし、関連分野の他組織とも有機的に協働できるのではないかという結論に至りました。複雑化する社会の中で効果的なイノベーションを見極めるには、焦点を絞る必要があると考えたのです。

ミッションを3つに絞るまでの過程で、多くの努力があったと想像します。

そうですね。一時は50個以上のミッション候補がありました。それを、将来のコラボレーターやステークホルダーと議論を重ね、300人のスタッフを対象にワークショップを実施し、スプリント方式で各ミッションを精査したうえで、10個のショートリストを作成しました。その上でさらに調査を重ね、最終的に前述の3つに絞りました。

「より公平なスタート」、「健康的な生活」、「持続可能な未来」というミッションは、幅広い切り口が考えられ、明確な定義はないように見えますよね。

ただ、プロジェクトの成果や学びを可視化しやすくするために、方位磁針となる大きなテーマを定めることが、私たちには必要でした。現在はこれらのミッションを起点にした、より具体的な取り組みが動き始めています。

Nestaの今後について教えてください。

「3つのミッション」でも示しているように、今の段階は国内の課題に焦点を当てる時期であることは確信しています。

ただし、当面はグローバルな活動をおこなわず、すべてが英国内での活動に収れんしていくというわけではありません。というのも、長期的な傾向として、イノベーションという概念自体が、個人の発想や研究にひもづくものではなく、地球規模の複雑なシステムとの関わり方という捉え方へと変わってきているからです。

ですから、国内の課題にフォーカスすることが、同時に世界的な課題に向き合うことだとも言えるのです。英国内で開発したノウハウに汎用性があると判断されれば、国際的に展開していくことになるでしょう。

これから先、日本とNestaのコラボレーションが生まれることを期待しています。

もちろんです。実現したら、とても素晴らしいことですね。

*本取材はオンラインでおこない、写真撮影は新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止に配慮しておこなわれました。

プロデューサー・編集: 中川紗佑里

『DIYツールキット』日本語版に関する問い合せ先
電通総研 担当:山﨑、中川
Email:d-ii@dentsu.co.jp


ベンジャミン・リード Benjamin Reid

Nesta国際イノベーション部門長

Nestaの国際イノベーション部門の責任者として、国際的なイノベーションの傾向調査を統括する傍ら、中国、インド、ブラジル、マレーシアなど新興国の経済動向調査や、経営層の開発プログラムにも携わる。Nestaへの参画以前は、ロンドンを拠点とするBig Innovation Centreで部門長や、労働市場のシンクタンクであるWork Foundationで主任研究員として勤務。レディング大学のHenley Business Schoolにて研究員、ティーチングスタッフとしても勤務した経験をもつ。

Nestaの国際イノベーション部門の責任者として、国際的なイノベーションの傾向調査を統括する傍ら、中国、インド、ブラジル、マレーシアなど新興国の経済動向調査や、経営層の開発プログラムにも携わる。Nestaへの参画以前は、ロンドンを拠点とするBig Innovation Centreで部門長や、労働市場のシンクタンクであるWork Foundationで主任研究員として勤務。レディング大学のHenley Business Schoolにて研究員、ティーチングスタッフとしても勤務した経験をもつ。

中川紗佑里 なかがわ・さゆり

電通総研プロデューサー

奈良県生まれ。ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジ卒。2020年2月より電通総研。世界価値観調査、コロナ危機下の価値観に関する国際調査を担当。主な活動テーマは、ジェンダー、ウェルビーイング、気候変動。

奈良県生まれ。ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジ卒。2020年2月より電通総研。世界価値観調査、コロナ危機下の価値観に関する国際調査を担当。主な活動テーマは、ジェンダー、ウェルビーイング、気候変動。