電通総研

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「クオリティ・オブ・ソサエティ」レポート
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毎年掲げるテーマに即した、有識者との対談、調査結果、海外事例、キーワードなどがまとめられています。
村上憲郎氏
AIは自己意識を持てるのか?
テクノロジーの進化と人間の「幸せ」の在り方
1980年代からAIの開発に携わり、Google米国本社副社長・日本法人社長を経て今なお多様な領域に精通する村上憲郎氏にインタビューを実施。GAFAをはじめとする巨大企業は世界をどう変えようとしているのか? AIの進化と、未来の社会の形、そこで私たちが幸せに生きるためのヒントを語っていただきました。

聞き手:有園雄一氏
2020.02.13

# AI

# GAFA

# Google

# 量子コンピューター


インタビューを受ける村上憲郎氏の写真

“私”というものをAIが自覚する日はまだ遠い?

Webメディア『電通総研』公開最初の記事の一つとして、村上憲郎さんに登場いただきました。今回は、Googleを筆頭にGAFAの存在感が増している中で、彼らがどんな世界をつくろうとしているのか、そこにあって私たちはどんな幸せを実現できるのか…などをお聞かせください。
このインタビューに際して最初に思い出したのが、村上さんが以前「僕の夢はサイボーグになること」と言われていたことです。今もそれは変わりませんか?

そう、永遠に生きること。僕の自己意識をシリコンの上に転移することだね。
そもそも、サイボーグになれるぞと僕に言ったのは、レイ・カーツワイル※1なんですよ。彼とは80年代にボストンの人工知能学会で会っていて、当時から「ノリオ、傷んだ臓器を機械に置き換えていけば、これからは永遠に生きられるぞ」と言ったんです。

でも同時に、「機械に置き換えるのは、脳が一番難しい」とも言っていましたね。実際、あれから30数年経って今は第3次AIブーム※2の真っただ中だけど、いまだにAIは単機能に留まっているでしょう。碁を打つとか、画像診断でがん細胞を見つけるとか、ある領域ではなるほど人間の能力を超え始めているけど、“自己意識”っていうね。“私”というものがつくれたかというと、まったく、手掛かりすらつかめていない。

※1 レイ・カーツワイル
『The Singularity Is Near:When Humans Transcend Biology』著者。村上氏とは同い年で、村上氏がGoogleの経営を退いた後入れ替わるようにGoogleに入社。
※2 第3次AIブーム
1960年前後の第1次AIブームを手始めに、1980年代の第2次AIブームを経て、2000年代以降「ディープラーニング」の技術を軸に第3次AIブームに突入している。
インタビューを受ける村上憲郎氏の写真

シンギュラリティは実現するか

レイ・カーツワイル氏は著書の中で、「2045年にはAIは人間の脳を超える」といったことを指摘していますよね。村上さんの見立てだと、どうでしょうか?

無理だと思う、僕は。5Gが広がれば単機能のAIをネット上で束ねられるようになって、複数機能を持ったAIもつくれるかもしれませんが、最終的には「私が私である」という“自己意識”をAIが持てるかどうかが、シンギュラリティ――技術的特異点に到達したかどうかの最大の指標になると思う。そこにあと25年で到達できるかというと…。

もちろん、各社が鋭意研究していますけどね。どうやって研究しているかというと、そうですね、急に仏教の話になりますがいいですか?

どうぞ、続けてください(笑)。

仏教には「五蘊(ごうん)」という言葉があります。“私”というのはお釈迦様が言うには、色蘊(しきうん)・受蘊(じゅうん)・想蘊(そううん)・行蘊(ぎょううん)・識蘊(しきうん)という五蘊によって成立しているのだと。それぞれ、色は体、受は感覚器官が感じること、想はその感じ取ったものを何だと判断すること、行はそれに対してなんらかの行動をしようと意慾を持つこと、識はその一連を認識することを意味しています。

AIが“私”を獲得するのは、すなわちこの五蘊を獲得すること。そう仮定すると、例えば赤ちゃんって、生まれて少しすると指をしゃぶったりして「あ、僕って・私って、『からだ』があるんだ」とどこかで気付くわけだよね。それが色蘊の獲得で、現状ではまずそれをAIに気付かせようとしている段階です。

どうやってでしょうか?

AIに、シューティングゲームをやらせるんです。ゲーム上で弾をよけ続けていると、「あれっ、当たらないというのは、空間の中で空間の一部を占有してる自分の何か、に当たらないんだ」と気付いていくわけです。しかもバーチャルの世界だから、時間軸を縮めて0歳の赤ちゃんが3歳になるまでの3年間を一瞬で体験させることができる。そんな研究が今、進んでいます。

これね、今のロボットだって自分で歩いたりバック転をしたりするから身体認識を前提に動いているのでは、と思うかもしれないけど、あくまでリアルタイムで体験しているんだよね。私たちと同じ時間軸で物理的に動いているから、早回しすることができないので、時間がかかり過ぎる。

AIの意識を証明する方法

ただ一方で、仏教には「五蘊非我(ごうんひが)」という考え方もある。例えば「水を飲みたい」と思って水を飲んだとして、でも実際には「飲むぞ」と自分が思う前に、体がもう飲むという動作をしているということ。これって、“私”が在るということがそもそも錯覚なんじゃないの? という考えです。まあ、どちらとも断定はされていないんだけど。

AIの意識や人格といえば、機械が「人間的」かどうかを判定する「チューリングテスト※3」ってあるじゃないですか。私がコンピューターと会話して、「これは人間だ」と思ったら合格という。

そうね、1960年代にMIT(マサチューセッツ工科大学)で開発された自然言語処理プログラム「ELIZA(イライザ)」で、僕もそのテストをしたことがあるんですよ。で、ELIZAは精神科医の対話のスクリプトを搭載している、要はチャット。今のSiriやGoogleアシスタントのような受け答えじゃない、相手の回答からキーワードだけ拾って突っ込む、極めて単純なチャットです。

でも不思議なもので、相対する人間はELIZAと対話するうちに、向こう側に人格を投影してしまうわけ。ELIZAが、人格を持ったAIだと思うようになる。だからチューリングテストとしては合格なんですけど、機械というより人間側の錯覚によるものだから、果たしてそれはテストとして成り立っているのか、と。

パラドックスですね。

そう。そもそも人間同士だって、お互いに「自分には意識があるから、相手にもある」と錯覚しているだけなのかもしれない。他の人が見ているリンゴと、僕が見ているリンゴが本当に同一かどうかは、結局、確かめようがないわけですから。

※3 チューリングテスト
イギリスの数学者アラン・チューリングが1950年に提唱した、ある機械が人間的かどうかを確かめるテスト。相手が分からない状態で質問者が機械と対話し、その人に「相対しているのは人間だ」と思わせれば合格。「人とは何か」を考えさせ、哲学者を巻き込んで議論を巻き起こした。
インタビューを受ける村上憲郎氏の写真

科学技術の進歩に貢献するもの同士は連帯を

では、これもシンギュラリティに絡むと思うんですが、2019年10月にGoogleが「量子超越性」※4を達成したと発表しましたよね。これによって、従来型のコンピューターはGoogleの開発した量子コンピューターに、原理的に大幅に抜かされた格好になりました。

そうですね。最初の問い掛けにあった、GAFAがどんな世界をつくろうとしているのか、というところにも通じますが、僕は各社の同志的な連帯が欠かせないと思っているんです。人類史を次の段階に進めていく上で、科学技術の進歩に対して貢献し合っているもの同士としてね。この一件では追い抜かされた側から多少の反論もあったみたいだけど。

確かに、最先端の各社が手を取り合わないと、人類の進化や幸せを目指すという大きな命題からそれてしまう気もしますね。ところで、量子コンピューターが従来型のコンピューターとどう違うのか、少し教えていただけますか?

簡単に言うと、従来型コンピューターは情報を「0」か「1」という「ビット(bit)」で表しますが、量子コンピューターは「量子ビット(quantum bit)」によって重ね合わせて情報を扱えます。量子ビットが増えるほど計算能力が増していって、今回のGoogleの発表では、54量子ビットまで増やして「量子超越性」を達成したとのことですね。

僕のように、1960年代くらいからコンピューターの世界にいる人間は、当時、本当に1ビット1ビットが物理的に見えたんです。目の前のテープに穴が空いていたら1、空いていなかったら0。ところが量子コンピューターは「0であって1でもある」という重ね合わせ状態を扱う。重ね合わせ状態とは、平行宇宙※5にまたがった状態のことで、量子コンピュータでは、qbit(量子ビット)の数だけの重ね合わせ状態を同時並行的に計算に使える。でも僕自身(あるいは、この僕のこの自己意識)は、ある一つの世界にしか存在していないので、計算結果としては、qbitの数だけの「0」か「1」しか観測できませんけどね。

※4 量子超越性
原子よりも小さい量子の動きを使った量子コンピューターが、世界最高性能とされるスーパーコンピューターの計算能力を上回ること。従来のコンピューターでは対応が難しい課題をGoogleの量子コンピューターがわずかな時間でクリアし、量子超越性の条件を満たした。
※5 平行宇宙
宇宙が一つではなく、いま認識しているものとは別に、あるいは無数に存在するという考え方。多世界宇宙とも言う。
インタビューを受ける村上憲郎氏の写真

この世はコペンハーゲン解釈的か、多世界解釈的か

村上さんから見ると、量子コンピューターはどういう点で興味深いのでしょうか?

僕のライフワークは、AIと量子コンピューターなんですよ。量子コンピューターも、かけ離れているようで先ほどお話しした仏教の“私”の解釈とつながってくる。
「シュレーディンガーの猫」というたとえ話で有名ですが、量子状態によって毒が出る仕掛けを仕込んだ箱の中に猫がいるとして、開けたときに、中で猫が生きているか死んでいるかは、開けない限り決定しておらず、観測者が開けた瞬間に量子の波束が収束してどちらかになる…という量子力学上の考え方を「コペンハーゲン解釈」と言います。

これに対して「多世界解釈」は、例えば僕が箱を開けて猫が死んでいたとして、その一方で猫が生き続けている世界もある。たまたま猫が死んでいる世界に僕の自己意識があっただけで、別の世界もある。

先ほどおっしゃった、量子コンピューターだと宇宙が無限にあるような状態になる、というのと重なりますね。

そう。コペンハーゲン解釈で量子コンピューターを理解するのはめちゃくちゃ難しいので、多世界解釈的、と言うと分かったような気持ちになる…というのが正しいかな。で、僕はコペンハーゲンではなく多世界解釈派なんです。この世もあり、パラレルワールドもある。それが無限にある。

向こうの世界にもう一人の村上憲郎がいる。

そうそう、無限の数の僕が居る。で、“私”というものを知りたいという欲求は、AIを完成することで最終的に解決できる。同時に“存在”という、モノがあるというのはどういうことかを知るには、もしも量子コンピューターが完成したら「多世界解釈的にモノがある」ことの証明になるだろうと。そうなったら、いつ死んでもいいね。でも死にたくないからサイボーグになって永遠に生きたいんだけどね(笑)。

インタビューを受ける村上憲郎氏の写真

“レイバー”の消滅とベーシックインカム導入

では、AIや量子コンピューターに代表される技術が浸透することで、社会はどんなふうに変わっていくのでしょうか。

AIを社会的に見ると、今まさに「人の仕事を奪うんじゃないか」という論調が起きていますよね。それは否定できないと思います。でもそれは「働く」というのを一元的に捉え過ぎている見方だよね。この間、ハンナ・アーレントさんという哲学者の『人間の条件』という本を勧めたでしょう?

ええ、まだ読めていなくて…(笑)。

ハンナさんはこの『人間の条件』の中で、人間が働くというのには3つの種類がある、と言っています。1つは「レイバー」で、生きるためにやらなければならない労働。2つ目は「ワーク」、これは芸術活動やスポーツなどの必ずしも生きるためではない活動、あるいは医者や先生だと労働といっても、生きるためだけではない社会貢献の部分もあるので、そういう部分は含みます。
そして3つ目は「アクション」で、これは政治活動なんですね。議員の人はもちろん本業がこれになりますが、普通の人でも投票したり、デモしたりすることがアクションになる。

なるほど。で、“AIが仕事を奪う問題”は、言うまでもなく…。

レイバーの部分だよね。ロボティクス・プロセス・オートメーション(RPA)のことを“デジタル・レイバー”と呼びますが、これは極めて正しいネーミングだと思う。
だから現状で「レイバー」に従事している人たちは、残念ながらクビになる道をたどる可能性は高い。そこをどうするか、という観点で今注目を集めてきているのが、ベーシックインカムという考え方なわけですよ。

まさにそうですね。

2020年は東京オリンピックの年でもあるけど、グローバルでは米大統領選が大きなトピックですよね。今回は、特に民主党は、いつも以上に多くの候補者が出ていて混戦していますが、中でも台湾系アメリカ人として出馬表明をしているアンドリュー・ヤンさんは、ベーシックインカム導入を公約のトップに掲げています。44歳(2019年11月時点)、IT系出身の人だね。

毎月1,000ドルですか。約11万円。

2019年9月の時点で、自分が民主党候補指名を受けて敗れても、抽選で10家族に1年間、月1,000ドルを支給するというキャンペーンをしていたみたいです。民主党にこういう動きがあると、共和党も導入とまでは言わないが、導入についての議論を開始する…くらいは公約するかもしれないね。

カナダや北欧など、実際に実験した地域もあります。やはりそろそろ人類は、レイバーは「ロボットやAI」に任せてワークにいそしみ、ときどき投票に行くという社会に突入するんじゃないか、と。わかりやすくいうと、キャピタリズムがそろそろ終わり始めますよ、ということですね。

インタビューを受ける村上憲郎氏の写真

食料問題とエネルギー問題の解決

話は尽きないのですが最後の話題として、これから村上さんが注目していることを伺えますか?

食料問題と、エネルギー問題です。今、各所で国際緊張が高まっていますよね。まさにおととい(※取材日は2019年11月6日)、トランプ政権は国連に対してパリ協定離脱を正式に通告しました。僕からは、第三次世界大戦のプレーヤーがそろってきているようにも見える。世界大戦を避けるためには、原因となっている食料とエネルギーをなんとかしないといけない、と思っています。

食料の観点では、複数の企業が一生懸命、人工肉の開発を進めています。大きくはプロテインを牛肉のように加工する方法と、プロテインを培養する方法があります。この培養、養殖という分野では日本に技術力があるので、かなり期待されていますよね。

なるほど、日本が技術提供できるかもしれないですね。

今、世界約70億人のうち推計約8億人が飢餓状態にある。危険性のある人を含めるともっといるでしょう。この先人口は2100年に109億人に到達。そこでピークアウトするそうですが、食糧難は今よりずっと深刻になるでしょうから、プロテインを供給する仕組みづくりが戦争回避に必須ではないかと思いますね。

もう一つ、エネルギーという点だと現在開発中の核融合炉の実用化が待たれるところです。核融合炉の燃料の水素は、水さえあれば手に入る。放っておくと反応が収束するので、安定的です。そして核融合発電は、導入が加速している再生可能エネルギー同様、CO₂を排出しない。もう一つの太陽を、このプラネットの上につくり出すようなものだよね。

では、もし食料とエネルギー問題が解決するとして、われわれはそこで幸せになれるんですかね?

それは、分からないですね。というのはさっきの錯覚の話と重複するけど、他の人が見ているリンゴと僕が見ているリンゴが同一か、赤いと言っても同じ赤色なのか分からない。幸せって、リンゴが赤いという以上に人によって違うんだから、固有の人生を味わい尽くすしかないよね。

人間、いつか死ぬんだから。ニヒリスティックに言っているんじゃないんですよ、ポジティブに言っているんです。自分の人生は他の人は味わえないから、それぞれの幸せを探しながら、ぜひ人生を味わい尽くしてください。

Text by Tomoko Takashima
Photographs by Kazuya Sasaka



村上憲郎 むらかみ・のりお

村上憲郎事務所 代表取締役

日立電子のエンジニアとしてキャリアをスタートし、Digital Equipment Corporation取締役、Northern Telecom Japan社長、Docent Japan社長を経て2003年にGoogle米国本社副社長兼Google Japan代表取締役社長に就任。日本におけるGoogle全業務の責任者を務める。2009年に日本法人名誉会長、2011年に退任。エナリス代表取締役を経て、現在は複数の企業でアドバイザーなどを務める。

日立電子のエンジニアとしてキャリアをスタートし、Digital Equipment Corporation取締役、Northern Telecom Japan社長、Docent Japan社長を経て2003年にGoogle米国本社副社長兼Google Japan代表取締役社長に就任。日本におけるGoogle全業務の責任者を務める。2009年に日本法人名誉会長、2011年に退任。エナリス代表取締役を経て、現在は複数の企業でアドバイザーなどを務める。

有園雄一 ありぞの・ゆういち

電通総研パートナー・プロデューサー/zonari合同会社 代表執行役社長

早稲田大学政治経済学部卒。 1995年「貨幣の複数性」(卒論)が『現代思想』で出版される。2004年、検索キーワード入りテレビCMを考案、日本で最初にトヨタ自動車「イスト」CMが採用。2014年、Dual AISAS Model®️を提唱。2016年〜19年、電通デジタル客員エグゼクティブコンサルタント。オーバーチュア株式会社(現ヤフー株式会社)、グーグル株式会社(Sales Strategy and Planning/戦略企画担当)、アタラ合同会社COOなどを経て現職。

早稲田大学政治経済学部卒。 1995年「貨幣の複数性」(卒論)が『現代思想』で出版される。2004年、検索キーワード入りテレビCMを考案、日本で最初にトヨタ自動車「イスト」CMが採用。2014年、Dual AISAS Model®️を提唱。2016年〜19年、電通デジタル客員エグゼクティブコンサルタント。オーバーチュア株式会社(現ヤフー株式会社)、グーグル株式会社(Sales Strategy and Planning/戦略企画担当)、アタラ合同会社COOなどを経て現職。