相互扶助の経済
広井
それから今、リモートワークとかワーケーションといった動きもありますけど、これも分散型社会への移行として、今後どのように考えていくか、面白いテーマです。
谷
そういうワークスタイルは、仮にコロナが収まったとしても、続けたほうがいいのではないかと思います。東京であっても、大阪であっても、オフィスワーカーはまた満員電車で通勤しなきゃいけないんだという、そういう社会に戻ってしまうのは決して良くない。私も千葉から東京に随分通いましたけど、人生の中で一番無駄な時間って通勤時間だと思うのです。
広井
それはそうですね。私も千葉大に勤めていた20年間、千葉と東京を往復していました。
谷
片道1時間はかかりますからね。リモートワークであれば、通勤時間の2時間を、地域のために貢献するような時間に振り替えることもできます。それから企業や組織に勤める人というのは、企業や組織の文化に染まってしまうもので、逆に自分が住んでいる地域のことにすごく疎くなってしまう。ここが心の問題というか、地域にいろいろな人が住んでいるんだ、もちつもたれつなんだという感覚を鈍くさせてしまったところがあると思います。
広井
電通総研の調査でも、日本社会は「不安」が非常に顕著※5でしたよね。あと「今の生活を守ることに精いっぱい」が12か国で最多※6とか、本当に目先のことで精いっぱい。これだけ経済的、物質的に豊かである日本でも、今の生活を安定させることに精いっぱいというのは、精神的なものというか、要するに困ったときに助けてくれる人がいないといった不安が根っこにあるのではないでしょうか。
電通総研が実施した調査では「人びとが希望をもてる社会」へ向けて、「他者への寛容」「インクルージョン」が重要なキーワード※7であることがわかりました。
谷
新型コロナと向き合うなかで、残念ながら日本では、とかく他人を批判する風潮が現われているように思います。どうすれば他者への寛容、インクルージョン、相互信頼、そういう価値が大切だという意識が高まるのでしょうか。
先生の著書の中で、人と人の関係性の再構築や相互扶助の意識、要するに、ハードやシステムなどの社会インフラよりも、人びとの心のインフラの価値について言及されていることに、とても共感しています。
広井
それについて、例えば日本ファンドレイジング協会という興味深い団体があって、最近盛んになっているクラウドファンディングなどを通じて、寄付文化を日本で再興させようとしています。広がりも出てきていて、非常に希望のもてる動きだと思っているんです。
クラウドファンディングは、困っている人を支援するイメージが強いですが、新しいものが生まれたり、新しい市場を創るプラットフォームとしても注目されています。
広井
よく“日本には寄付文化がない”と言われるのですが、果たしてそうでしょうか。弁慶が読み上げた「勧進帳」ってありますよね。「勧進」というのは、お寺とかが寄付を募る行為なんです。それから、いわゆる「講」というのは、みんなでお金を定期的に出し合って、災害や病気のときにファンドからお金を得るという無尽講や頼母子講です。ハワイ出身の日系アメリカ人で、シカゴ大学の教授を長く務められたテツオ・ナジタさんは、こうした「相互扶助の経済」と呼べるような伝統や精神が日本社会には存在していて、それは明治維新以降、中央集権化が進むなかで忘れられていったが、そのいわばDNAは人びとの間になお脈々と受け継がれていて、それは災害が起こったときの活動などに顔を出したりする、と言っています。
谷
薬師寺の写経勧進は今も続いているようですね。「志納」という言い方もあります。最近は、クラウドファンディングで結構な支援金が集まるようなケースもあったりしますので、そういった日本人の気持ちは、消えてしまってはいないですよね。
Go Toトラベルキャンペーンは、「得だから行こう」という印象が強かったのですが、「感染を拡げない思いやりをもって、お客が減って困っている観光地や宿泊施設を助けに行こう」、そういう“義によって助太刀いたす”というようなキーワードが前面に出ると良いのではないかと思います。
広井
時々引き合いに出される、渋沢栄一の『論語と算盤』で言われる経済と倫理の一致とか、近江商人の「三方よし」的な、経済と相互扶助を一緒に捉える視点も再評価されるようになっています。もともと日本人はそういう視点をもっていたと思いますので、今またそれが注目されるのは“懐かしい未来”のような話で、これは昨今よく話題になるSDGsなどとも重なりますね。この辺も、今はチャンスというか、いい方向にいろいろな芽が出始めている状況ではないでしょうか。
※1 『人口減少社会のデザイン(2019.9)』(東洋経済新報社)-AIを活用した日立京大ラボとの共同研究において、日本社会の未来シミュレーションをおこない、望ましい未来に向けて必要となる政策について分析と提言をまとめた。