# ジェンダー
# ダイバーシティ

村田晶子氏・森脇健介氏・矢内琴江氏・弓削尚子氏
ジェンダーに関する身近な問題に気づくには
ジェンダーに関する身近な問題に気づくには
私は、もともと建築・都市計画分野の出身で、大学では今、学生たちに「まちづくり」について教えています。騒音問題や、保育園の開設反対運動といった社会的な問題が出てきた時期、2007年に横浜市の幼稚園・保育園など対象にアンケート調査を実施したのが「まち保育」の考え方に至ったきっかけでした。
都市部は特にそうなのですが、園庭がなかったり、狭かったりする幼稚園・保育園は、日常的に園外活動をしていて、多様な地域資源を活用しています。一方で、こんなにまちを使っているのに地域とのつながりは薄いという声も、保育施設の回答から得られたのです。
『まち保育のススメ』という本に書いた話は、3年ぐらいかけてある保育園と伴走した取り組みです。「おさんぽマップ」というものを多くの保育園は持っています。その地図を検証するところから始まって、子どもたちにカメラを持ってもらい、まちのいろんなものを発見して撮影する。それを保護者や地域と共有する。発見した資源をつなげて、新しいおさんぽルートをつくる。その一連の活動をきっかけに地元の人とつながっていく。あるいは、地元の人が一緒にお散歩を楽しんでくれるような仕掛けをつくる。「おさんぽマップ」には、「防災」時に役立つという観点もあります。
今まではどこの子か知らなかった保育園の子が、「○○保育園の子」というふうに認識されるようになるといった、子どもと保育園の動きが地域側に多くの接点を与えていく側面もあります。子どもがまちで育っていく土壌づくりのために、まちにあるさまざまな資源を活用していくことが「まち保育」です。そのためには、いろいろな人と出会ったり、場を開いていったりという循環が必要である、とわかってきました。
出生数の減少は、子ども1人当たりに関わる他者の数が減り続けるということも意味します。子どもは家族だけでなく、同世代、第三者の知り合いの中で成長していきます。子育てを全部家庭の中で完結させず、コミュニティの中で担うにはどういう場や仕組みをつくっていくかというのがこれからの課題です。
まち側の課題としては、単目的でつくられて、専門的な人がかたまって存在する施設のつくり方が多いことが挙げられます。生活圏の中に、「福祉」も「暮らし」も「働く」も入ってきて、今までは考えられなかったような要素を自分の生活圏の中に存在させるということが大事になってきます。
子育て支援の形は、とても多様かつ細分化されています。それをわかりやすくしようということで、こども庁で一括化していくような話になっていますが、そうはいっても地方自治体や現場の方から見ると非常に複雑でわかりにくい。また一口に乳幼児期といっても、おむつ替えや横に寝かせてあげられる場所が必要な1歳半未満と、同い年の子どもと遊ぶといった要素も重要になってくる1歳半以上では、求められることは変わってきます。「子どもたちの生活にはこういう感じの場所が必要ですよ」ということや、「あなたができることは具体的にこういうことです」と翻訳していくこと、これも「まち保育」研究の大事な役目だと思っています。
学童期は、ひとりでもまちに出て行って、自分で自分の場所を獲得していくような世代になります。どこで遊ぶか考える時の取捨選択の理由について聞いた結果、友達がたくさんいる、遊び方が多様になるなど、人的なつながりを感じながら、今日はあそこの公園にしようと決めるといったことをしているのがわかってきます。私もかかわらせていただいている厚労省の調査があるのですが、学童期の子どもにとって、そういう選択肢が多いというのは、「そこは自分の場所だ」と認識できるパイを増やしていくことになり、パイが多い子ほど幸福感が高いといった結果も得られています。
遊ぶ場所の選択数別幸福感
子どもというのは生まれる前から、保護者とともにまちをフル活用して成長していく面があるのではないかということで、子どもの「胎児期」にも注目し、ここ数年、調査をしています。
妊娠中どこに行っていたか、出産後どうなったか。横浜市のお母さんたちにご協力いただいた調査があります。調査対象者の約9割が配偶者と子どものみの世帯で、共通したのは、里帰り出産した人は、地域での子育てに不安を感じやすいという傾向があることでした。また、子育て支援施設に自分から頻度高く出かけていっている人たちですら、メンタルヘルスに不安があると感じている人が約3割もいたことは、私たちからすれば意外な結果でした。
地域の話以前に、母親に対するパートナーの「情緒的サポート」があまり十分ではないということも見えてきました。専門的には、おむつ替えとか入浴みたいなものを「道具的サポート」、そうではなくて、励ましたり、愚痴を聴いたりというようなことを「情緒的サポート」といいますが、「情緒的サポート」の得点がすごく低くなっていたんですね。「情緒的サポート」が自然と促されるためには、生まれる前からフォローしていくことも大事なのではと思っています。そしてそれはパートナーだけに期待される役割ではありません。周りに子どもを預けられる人がいることや子育て支援施設等に行けることが、不安を抑えたりメンタルヘルスを良好にしたりする可能性も示唆されています。また周辺に知り合いや多様な居場所を持っている人ほど定住志向があるということも見えてきました。
人生において身近な生活圏、地域と深く関わるチャンスは、大きく3回あります。生まれた直後から小学校ぐらいの時期、それから自分の子どもがそのくらいの時期、そして高齢者になって自治会や町内会活動に入っていくといった時期。この3つの時期の世代が、同じまち、同じ小さなテリトリーを共有しているともいえるわけです。
人生において地域と関わりを深める
チャンスは3回
「高齢者」というのも一つのキーワードかもしれません。といっても構える必要はなく、お散歩に行けば話しかけてもらえる「公共じいちゃん」や「公共ばあちゃん」になってくれるだけでも十分ですし、知識・経験を活かして見守り役になったりしてくれる地域のシニア層をつくって、それが生きがいにつながるのもよいと思います。
子どもと保護者自身の安心醸成にとって「まちとの関わり」が大事であることを、どの段階で、誰がどう働きかけて知ってもらうかはとても重要です。職場や企業にできることは何か?ということも、さまざまな立場の方とお話ししていきたいですね。
ファシリテーター 電通総研 木村亜希
木村
リモートワークによって通勤時間が減り、自宅にいる時間が長くなった時、今まで、ほとんどの時間を会社の人として過ごしてきた大人は、どのようにして地域につながることができるのでしょうか。魚返(うがえり)さんはご自身が育休をとった経験から『男コピーライター、育休をとる。』という本を書かれていますが、そのあたりについてはいかがですか。
魚返
共働きで、子どもが生まれて6か月間ぐらい妻と2人で育休を取り、0歳の赤ちゃんを育てていました。ずっと家にいると、ツーオペでも気持ちが閉塞してくるんです。そういう時、父親がひとりで子どもを連れて外に行けば、自分も気分転換になるし、授乳で疲れている妻は家で休んでいてくれればいいということで、インターネットで調べた子育てコミュニティスペース、子育てひろばといったところに行っていました。そこで子育て関係のNPOを運営している方など、いろいろな人と知り合えまして、その後も今度こんなイベントをやるのでと連絡をもらったり、そういう人たちを介して区役所の人とも知り合いになったりと、自分の住む行政の、子育てに関係する人たちとの人脈がクモの巣状に広がっていきました。
木村
3人のお子さんのママでもある、相良さんはいかがですか。
相良
里帰り出産をしてから地域に戻ってくると、まだその地域とのつながりというのがないというお話がありましたが、まさに第一子を出産した時に身をもって感じました。でも子どもが保育園、小学校と進むにつれてママ友とのつながりができてくる。小1の子が脱走しがちなのですが、どこそこにいたよ、と目撃情報をくれたりして、まち全体にカメラがある感じ(笑)。3人目の出産が近づいた時は、「これから夜中でもずっとケータイをオンにしておくから、いつでも上の子たちを預かるよ」と言ってくれるくらい、心強く助けてくれていて。
相良
お父さんが家庭の中で疎外感を感じていることが指摘されることがあります。でも子ども3人となると、否応なしに育児をしないといけない状況が出てくるので、子どもが初めてできたことを父親も目撃できるなど、育児に関わる深度が対等になってきます。そうなってくると男性の疎外感も改善するのではと思うので、ぜひ男性社員の皆さんにも育休を取得してみていただきたいなと思います。
魚返
育児の立ち上げの時に一緒に立ち会うということは結構大切だと思います。期間についておすすめはと聞かれたら2か月以上と言っていますが、子育てのスターティングメンバーとして一緒に並んでいたということが後々効いてきます。ただ、パートナー同士がちゃんと納得していれば、育休を何日取ろうが、あるいは取っても取らなくても自由でいいと思うんです。お互いに納得しているということが大事です。
小笠原
人事局の小笠原です。ここ数年、電通の男性社員の育休取得率は伸びてきており、2020年度の取得率は76.9%で、全国平均12.65%(2020年厚生労働省 雇用均等基本調査)に比べても高くなっています。子どもが生まれた社員に対して、今までは「育休は取るの?」という聞き方をしていたのが、最近は「育休はどれぐらい取るの?」という聞き方にするなど、マネジメントの方々の働きかけによって理解が進んでいる面もあります。ただし、育児・介護休業法の改正等で取得率の開示という話も出ていますが、男性の育休取得に関しては、取得率を上げることがゴールではなく、育児や家事をするための休業期間であることを理解し、ご自身のためにも育児の時間、ご家族との時間を楽しんでいただくことが大切だと思っています。
魚返
僕の場合、育休を取ったからこそ地域とつながれたと思っています。もともと地域密着志向が強いタイプだったのですが、子どもがきっかけで会社から半年間完全に離れて、やっと地域と接続するほうの手が空いたという感じがありました。育児は「家庭進出」であるのみならず、逆に「社会への進出」でもあると思います。
吉田
電通総研の吉田です。先日、中3の保護者を対象とした、高校見学バスツアーというイベントに参加しました。事前に35人が参加すると聞かされていて、当日行ってみたら、お母さんが34人、お父さんはなんと私1人だけという状況になっていて。するとお母さん方から「偉いですね」っていうふうに声をかけられるんですよね。ぼくは偉いことしてるつもり全くないですし、「偉いですね」と感じさせてしまう社会のあり方や人の意識は、どんどん変えていくべきだと思いました。一方で、ぼくも「あ、あのお子さんのお母さんはこの方なんだ」ということを知ると、その子のことを見守ってあげなきゃっていう親心のような感覚が芽生えてくるのはわかりました。
林
電通ダイバーシティ・ラボの林です。自分の後輩にあたる社員たちで、今から産休に入る人、育休明けて今から復職する人の話を聞く会を先日開いたのですが、第一子を産む前は、どんな困りごとが発生するのか予想すらできないということがあるなと思いました。そのギャップを埋めていくために、ちょっと先の子育ての先輩で情報をくれる人、もちろん行政も情報をくれますが、その視点とは違ったところで、例えば同じ会社で働く仲間、先輩・後輩といった関係の中でもらえる情報があるとすごくいいという話はしていました。
魚返
今同じタイミングで一緒に子育てしていて、なおかつ会社も同じ人が、同じ地域にどれぐらいいるのかって、よくわからないんです。それはわかればいいってもんじゃないし、まちにいるときは、あえて会社の関係の人と会いたくないという人だっています。でも選択肢として、望む人がいれば、それが見えるっていうのはいいですよね。
林
個人情報は厳しくなっているというところで、強制的に公開されるのは絶対NGだと思いますが、選択的に、ある特定の目的で情報を共有できる場所があるとか、そういう仕組みのようなものが必要なタイミングなのかもという気がしますね。さらには女性社員だけではなく、男性社員の配偶者が別の会社で働いていて、これから産休を迎える時に何をすればいいのかというのも、ひょっとしたら会社としては何らか支援することができるのかもしれないとか、そういうところまで考えていけると大分変わってくる可能性もあるなと思います。
三輪ゼミ生 大西さん
育休が取得しやすいことや、職場復帰しやすいことはまず重要だと思います。また、子育てしていない人からの、子育てしている人に対する情緒的サポートの大切さという話がありましたが、子どもがいないから「じゃあすごく時間があるじゃない。たくさん仕事してね」という空気感になるのではなく、お互いに理解し合えるような環境が構築されるのが健全なのかなと思いました。
三輪ゼミ生 神谷さん
育児中の同僚の仕事のしわ寄せがつらくて独身であることの疎外感を感じるという社会人の声をSNSで見ることがあります。どの社員も、仕事から離れる余地のある環境づくりが、結局子育て世帯にとって優しい職場につながるのではないでしょうか。特に子どもが好きというわけでもない人たちにも、うっすらとでもいいので、親子への想像力が備わる社会が実現できればと思っています。
木村
同じまちに住んでいても、会社勤めの社会人と子育て期の親子は接点が少ないですよね。遊んでいる子どもの声がうるさいというような困りごとも、お互いに想像力があれば緩和できるケースもあるかもしれません。
三輪ゼミ生 井上さん
ゼミやプロジェクトで学んでいたなかで、道などで遊ぶ子どもの声が迷惑だと感じる人がその場所をサイトに書き込むという話を知りました。子どもの遊びもですし、道というものの認識も世代によって違うのではないかと思っています。職場にはさまざまな世代がいるので、子育ての先輩からのアドバイスや悩み相談など、ストレス軽減ができる場にもなり得るのではないかと思います。
三輪ゼミ生 桜井さん
私は地方出身なのですが、横浜に出てきてから、人とのつながりがすごく薄くなっているなと感じています。地元だと、歩いているだけで知らないおばあちゃんから話しかけられたりすることがよくありましたが、こちらだと挨拶をするのもちょっとためらってしまって、すごく寂しいなって思っています。そういう状況だと、地域の方と関わる機会もどんどん減って、コミュニティ形成が難しくなると思うので、もっと顔の見える関係づくりを進めていくべきなのかなと。顔が見える関係を構築することは、子育て中の人だけではなくて、全ての人にとっての暮らしやすさにつながるのではないでしょうか。
吉田
電通総研では、社会についての人々の意識を把握するために、クオリティ・オブ・ソサエティ指標という調査を実施しています。設問の一つに、「日本は、子をもち、育てやすい環境が整っているか」と聞いたものがあるのですが、「整っていると思う」という回答は34.5%にとどまりました。一方、「日本は、子をもち、育てやすい社会を目指すべきだ」という設問には、91.7%が「そう思う」と答えています。問題があることはわかっていて、多くの人が「どうにかせねば」と思っているのはたしかです。
木村
今回ディスカッションしたことは、子育てする人だけに関係する話ではなく、全ての人が暮らしやすい社会につながっています。「子育てがしやすい」と多くの人が感じられるように。社会全体で、考えていく場を増やしていきたいと思います。
Text by Aki Kimura
Photographs by Ukyo Koreeda
横浜市立大学大学院都市社会文化研究科・教授
博士(工学)。株式会社 坂倉建築研究所、横浜国大を経て2011年4月より横浜市立大学大学院准教授、2021年より現職。専門は建築・都市計画、参画型まちづくり、子どものための都市環境、環境心理学。「子ども」と「まち」との関係に着目した実践的調査研究を数多く手掛ける。代表編著に『まち保育のススメ(萌文社2017)』、共著に『孤立する都市、つながる街(日本経済新聞出版2019)』。第13回(2017年度)こども環境学会賞(論文・著作賞)受賞。
博士(工学)。株式会社 坂倉建築研究所、横浜国大を経て2011年4月より横浜市立大学大学院准教授、2021年より現職。専門は建築・都市計画、参画型まちづくり、子どものための都市環境、環境心理学。「子ども」と「まち」との関係に着目した実践的調査研究を数多く手掛ける。代表編著に『まち保育のススメ(萌文社2017)』、共著に『孤立する都市、つながる街(日本経済新聞出版2019)』。第13回(2017年度)こども環境学会賞(論文・著作賞)受賞。
電通総研アソシエイト・プロデューサー
東京都生まれ千葉県育ち。東京大学文学部歴史文化学科日本史学専修課程卒。TCC(東京コピーライターズクラブ)会員。2005年より電通、2020年2月より電通総研。主な研究テーマは次世代の教育と地域。
東京都生まれ千葉県育ち。東京大学文学部歴史文化学科日本史学専修課程卒。TCC(東京コピーライターズクラブ)会員。2005年より電通、2020年2月より電通総研。主な研究テーマは次世代の教育と地域。