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村田晶子氏・森脇健介氏・矢内琴江氏・弓削尚子氏
ジェンダーに関する身近な問題に気づくには
ジェンダーに関する身近な問題に気づくには
※(2022年8月1日追記)ウェブ電通報で関連記事「フランス市民の間で、サステナブルなライフスタイルが広がる理由」が公開されました。
フランスは2022年上期のEU議長国で、4月の大統領選も世界的に関心を集めました。2024年にはパリでオリンピック、パラリンピックが開催されます。国際的に注目度が高まっていることは間違いないのですが、「なぜいまフランスか?」を教えていただけますか。
まず1つ目は、フランスのソフトパワー※1の強さです。フランスはハードパワーにおいて軍事力はそれなりですが、経済規模も人口も日本の半分ほどしかなく※2、しかも成長していない。日本も成長していないけれど、フランスがなぜか目立つでしょう。フランスのソフトパワーは3つあって、①政治外交力、②フランスのイメージや価値観を世界に広げる力、③カルチャーを広げる力。これからは、ハードパワーではなくてソフトパワーが必要です。なぜならソフトパワーは基本的に平和を求めるもので、ハードパワーは戦争を呼び込んでしまうものだからです。
戦争の脅威が身近な「いま」だからこそ、重要な考え方です。他はいかがでしょう?
2つ目は、哲学者や学者だけではなく普通の市民も多様な考え方をするので、ダイバーシティの中で新しい価値観がつくられます。その価値観が(フランスのスローガンである)「自由・平等・友愛」のように、長く根づき世界に広がっていきます。全く白いキャンパスから何か新しい価値観を描くことが得意で、それが大きな価値です。
なぜフランスはそのような新しい価値観をうみだすことができるのでしょうか?フランス特有の考え方を教えてください。
前提となる「フランスやフランス人とは何か?」というところですね。ここを理解しないと、今起きていることと結びつかないので、ポイントをお伝えします。
まず押さえる必要があるのは、フランス革命です。革命前は、超格差社会でした。聖職者と貴族たちによる長い圧政に対して一般市民がついに爆発しました。そこで得たのが、「人権」と「自由・平等・友愛」の4つです。これを世界に先駆けて体系化して打ち立てました。今でも学校や役所などの公的な機関へ行くと、必ず“Liberté, Égalité, Fraternité”(自由・平等・友愛)と書かれています(上写真)。フランスという国は、「フランス人」という人種がいるわけではなく、宗教でまとめられる国でもありません。国民の共通意識の中で背骨になっているのはこの4つの価値観です。
日本では、例えば「平和」という価値観が、戦後の歴史を経て浸透しています。フランスの場合はこの4つの価値観が日常的に見聞きするほどに徹底されているということですか?
はい。要は、「すべて」がこの価値観にのっとっています。法律も、政治も、学校教育も、この背骨に「すべて」が集約されています。そしてこの4つが恒久的で普遍的だから世界に広がっていくと考えています。現にアメリカに広がり、全世界に広がって、「民主主義の一番柱になっているものをわれわれが打ち立てたのだ」という自負心につながっています。
では「フランスという国がいま現在、すべてが自由か、平等か、友愛か」というと別問題で、「普遍的価値観として、これを常に目指すのだ」ということです。ですから、市民の力を強く信じます。こちらのグラフ(上図)は、「世界的な問題の解決に向け、特に信頼している人や組織は?」という質問に対する日仏比較です。フランスは「市民」がドーンと高くなっています。日本は、「専門家」が高く、いわゆる有識者、政治家、官僚などです。フランスは自力本願ですが、日本は他力本願なのかもしれません。
市民の力をそれほどまで信じられるのは、一体なぜでしょうか。
フランス革命が起こった1789年以来、人びとの価値観を支えてきたのは、フランスの哲学者たちです。フランス革命の背後で、哲学者が知的なバックアップをしてきました。デカルトの『方法序説』やルソーの『社会契約論』は日本でもよく知られています。ヴォルテールの『寛容論』などの著作は、自由・平等・友愛を求める革命家に大きな影響を及ぼしました。モンテスキューは『法の精神』で民主主義の基本形を三権分立で整えました。ディドロは『百科全書』で多様な政治形態があることを言い出しました。それまではこのような考え方はありませんでした。哲学者の考えが現在の民主主義の原点になっているので、学校でかなり勉強します。
フランスの教育は、実際にはどのような雰囲気なのでしょうか?
まずフランス人は「議論好き」です。討論することはよいことだと小さいときから学校で先生に言われ、家庭でもパパとママが議論・討論するのを聞きながら育ちます。それが政治的な話でも、単なる近所の出来事でも、とにかく討論する。自分の考えをお互いに伝える。かつ批判的に見ること、世の中を斜めに見ることが大事だと教えられます。なかには幼稚園から哲学をやる取り組みもあって『ちいさな哲学者たち』という映画※3にもなっています。
学校教育では哲学は高3で必須科目です。「そもそも論」を徹底的に考え抜いて論理的に展開し、それを伝え、ほかの人と議論する力を養います。大学入試資格を取るバカロレア※4では、人文系、経済社会系問わず必ず哲学の試験を受けなければいけません。今までの哲学者が考えたいろんな思想を引用しながら「そこで私はこう考える」という試験を4時間かけて回答したりします。
フランスでは人びとの哲学や思想は、どのように実際の社会に反映されていくのでしょうか?
ポイントは参政意識が強いことです。バルザックが「カフェのカウンターは、庶民の国会だ」と言ったように、カフェで政治話が花咲いていた歴史があります。過去3回の大統領選の投票率は81%(2007年)、78%(2012年)、77%(2017年)で、アメリカや日本よりかなり高いです(上図)。選挙以外でも、ボイコット活動、デモ、ストライキなどがとても多い。これらも正当な参政の手段という考え方があります。日本ではデモやストライキに参加するのは一部の人、というイメージがあるかもしれませんが、それが全くありません。政治家もデモをやるし、移民でも中学生でも警察でも緊急医でも、あらゆる立場の人たちがやります。
具体的な市民活動として、注目されることはありますか?
2018年11月に「黄色いベスト運動」※5が起こりました。そのきっかけは「気候変動の対策の影響で自動車燃料税(炭素税)が引き上がって生活が苦しいんだ、どうしてくれるんだ」という一部市民の怒りでした。この運動を通じ「環境問題は社会の格差問題とリンクしながらやらないといけない」という議論も市民の間で広がりました。次いで「世紀のマーチ」です。2019年3月16日に、フランス全国220都市約35万人が参加し、1国1日の環境関連デモで世界最大規模に達しました。日本でもNHKがドキュメンタリー番組をつくっています※6。主催者団体(パリのLaBase)の10代、20代の若い人たちがSNSで全国に広げて、一気に人が集まりました。自分たち世代のことだけでなく、次世代のことを考えたこうした活動はその後、世界的な動きにつながります。そして同年10月、マクロン政権は市民150人が集まる気候市民会議※7を設置しました。
デモやストライキで声が届いたり、市民の声が届きやすいという点が日本と一番違うところと思いました。
フランスでは法律づくりの中に市民が入ってゆくことを、政府が受け入れる土壌があります。マクロンはじめ政府のトップ自身が「自分たちも市民の子なのだ」という考え方です。6歳から12歳の学童調査(Ipsos–Scuola, 2017年2月)では、45%の子どもが「将来大統領になりたい」と答えました。「政治家も含めてみんな市民の子だ」と思っていて、歴史的にそうなっているわけです。それでフランスは気候市民会議をやりました。翻って、当時日本はどうだったか。政府は環境関連NGOグループのトップ2人か3人を呼んで数時間談話して終わったのを見たのですが、その対比を興味深く思いました。「なるほど、これではなかなか日本の市民は気合いが入らないな」と。
社会の活力の観点から起業活動についてお伺いします。2022年初め、フランスのユニコーン企業が6年で1社から25社に増えたと報道されました※8。日本は現時点で5社なので5倍の規模です。起業意識はどのように高まったのでしょうか?
完全に国策です。マクロン以前の大統領からやり出しましたが、特にマクロンになってさらに加速しています。“Make France a Digital Republic”と言っていて、約1万のスタートアップ企業が誕生しました(出所:EUROSTAT, KPMG 2019)。雇用を創出し、スタートアップは今も増えていて、成果が出ています。
国策で、具体的には何をしたのでしょうか。
まずBPIフランスという国の投資銀行が予算を取ってベンチャー投資をしていることが大きいです。2つ目は世界最大のスタートアップキャンパス“STATION F”です。パリにあるインキュベーター(起業支援)施設で、世界中のスタートアップのエコシステムが全部ここに集結しています。ここを起点に“French Tech”という一つのラベル(ブランド)をつくり世界に展開する政策で、国内13都市・国外100都市にアクセラレータ(成長支援)拠点があります。東京にもありますよ。
世界で注目されている「フランスらしい」スタートアップはありますか。
ユニコーンはすべてそれなりに注目されています。例えばBack Marketという会社は循環型経済を事業にしています。次々に切り替えられてしまうスマホやパソコンを長く使うためのサービスです。メーカーや販売会社に対し「買い換え需要を煽るな」という市民の反発を背景にしています。「壊れたり古くなったりして自宅に残っているものを、もう一度使おう」ということに目をつけて、世界的に伸びています。
あと有名なのは、BlaBlaCarで、普通の人たちが車をシェアするサービスです。例えば僕が今週末マルセイユに行く場合、BlaBlaCarのサイトでドライバー登録します。パリから800キロぐらいあるんですけど同乗する人を募集します。同乗する人が集まるとその分道路を走る車が減るので排ガスが減り、気候問題に貢献します。車を持つ人も減りますし(フランスでは)車は環境によくないという感覚なので、サステナビリティにつながります。
日本では、いわゆる「失われた30年」の議論の中で、企業の成長や労働者の賃金・生産性が停滞しているといわれます。その一方、長時間労働が問題視されるようになり「働き方改革」の取り組みが高まりました。電通総研が実施している「世界価値観調査」でも、仕事よりも余暇を重要視する結果です※9。フランスは経済が成熟するヨーロッパの中でもバカンスのイメージが強く、日本がいま向かっているトレンドの先にいるのかもしれませんがいかがでしょうか?
フランス人の働き方の特徴は、「生産性」と「ウェルビーイング(Bien-être)」です。この二つを企業のトップから新入社員まで、全員が意識しています。「ウェルビーイング」は、先進国はどこでも同じ流れだと思いますが、フランスは「時間当たりの労働生産性」がトップクラスです。上のグラフでは2019年時点で米国を抜いてG7で一番になっています。
「時間当たり」というのは分母が「時間」なので、全労働時間が短くなると当然高まります。フランスは短く働くので、国内総生産が伸びなくても生産性は高くなっていく構図です。アメリカは結構長く働きますが、働く時間を短くしようというのがヨーロッパです。「自分の時間を大切にして人生を謳歌したい」という価値観で、バカンスは仕事と切り離された自分の自由に動ける時間です。また合理的思考で、「長時間労働は生産性にしても、人や会社の健康にとっても良いことがない」と考えています。あとフランス人は「やった感」が欲しい。つまり集中的にガーッとやって結果を出して、より多く稼いだほうが、だらだらやるよりも充実感が高まります。どこが日本と違うかというと、社長もこれらの価値観を大事にしています。トップがそうなので、当然、社員も遠慮しません。
「ウェルビーイングを重視して労働時間を減らしながら生産性を上げる」といういまの日本の課題解決へのヒントがありそうです。しかし、どのようにして仕事を早く、短くしているのでしょうか?
私が11項目にまとめたものがあるので、こちらをご覧ください。
①自分が納得した必要なことだけする
⇒ジョブ型雇用によるタスクの明解性
②自分の得意な(だと思う)ことだけする
⇒ジョブ型雇用による専門性
③上司や関係者に「お伺い」をたてない
⇒ジョブ型雇用による自己裁量
④上司や関係者を、察しない、忖度しない
⇒コンテンツコミュニケーション、合理的思考
⑤楽に儲かることを優先する
⇒合理的思考
⑥なぜ?を理解してから取り掛かる
⇒合理的思考、演繹的思考
⑦根回しや稟議取りをしない
⇒会議は議論と決断の場(報・連・相の場ではない)
⑧周到な計画をせず、まず走る
⇒ジョブ型雇用、成果主義、ポリクロニック
(結果を優先し、複数のタスクを、状況の変化に応じ、臨機応変に行う)※10
⑨パワポに時間かけない
⇒合理的思考(要は相手に印象深く伝わればいい)
⑩お客さんに余計な時間を費やさない
⇒お客様は神様ではなく購入者
⑪プライベート時間を充実
⇒よく寝る、趣味・スポーツ、家族
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基本的に考え方が合理的です。それと、日本とは「権利」と「義務」の考え方に違いがあります。例えば20日の有給休暇があれば「権利」なので当然のこととしてすべて使います。「義務」は労働契約書の中に書いていないことはやらない。上から命令されてもやらない。つまり権利・義務の概念のしっかりした考えと合理的な考え。この2つからこういう行動が起きてきます。
タスクが明確でプロセスを任せているから、タスクが達成されればやり方は合理的に早くやってくれればよい。それがさばける人にしか頼まないし雇用していない、ということですね。
はい、「あなたはこれをする人でこんな責任があります。こんな権限があります。それをやってください」という労働契約書がすべてです。だから、それに従うだけなのです。やり方まで労働契約書には書いていないので、自分で合理的だと思う方法でやればいい。日本の場合、マイクロマネジメントという言い方があって細かいやり方まで全部管理されて、そこから外れると怒られて、というのがありますよね。それはフランス人には全く無理です。プロセスに対する考え方が違い、自分が考えるものなのです。
フランスの考え方は日本と対照的である点も多く、それがゆえに日本の課題を解決する上で有効な要素がありそうです。例えば、日本は世界的な大企業が多い一方で、特にサービス業の生産性が低いという課題があり、将来に向けて長い影を落としています。
日本の場合は、大企業が本来失業に陥ってしまう層もある程度キープしています。低い生産性を、企業がそのまま吸収する構造です。フランスは、それを国が面倒を見ています。企業が面倒を見るか、国が面倒を見るかの違い。それが一つありますね。
ヨーロッパの大陸側というのは基本的には国が管理していて、労働政策を含めて国が大きく介入します。日本の場合はどちらかというと全部企業任せで、国が細かいところに介入しない。企業の社長次第のところがあり、経営者や株主が従業員を守るのか、ウェルビーイングを向上させるのかなどを左右します。逆に言うと国としてのミニマムの規制がないので、企業によって格差が生まれやすいのです。
世界で格差が問題になっているなか、社会のモデルづくりに向けて示唆的な観点です。本日はありがとうございました。
Text by Fumito Nitto
Photographs by Masaharu Hatta
Nagata Global Partners代表パートナー、INALCO(フランス国立東洋言語文化大学)非常勤講師
JTB(本社及び海外旅行部門マネジャー等)を経て、フランスを拠点に20年以上にわたり、調査・コンサルティング・教育を行う(専門分野:「国際事業経営」「サステナブル事業経営」)。これまで大手からベンチャーまで180社以上の企業と公的機関(欧米系・日系を中心)の欧州・アフリカ、日本・アジア関連プロジェクトをサポート。また教育分野での対象者はフォーチュン・グローバル500企業のCEOを含め世界各地で約1,500人以上にのぼる。
オフィシャルサイト:http://www.nagata-gp.com
JTB(本社及び海外旅行部門マネジャー等)を経て、フランスを拠点に20年以上にわたり、調査・コンサルティング・教育を行う(専門分野:「国際事業経営」「サステナブル事業経営」)。これまで大手からベンチャーまで180社以上の企業と公的機関(欧米系・日系を中心)の欧州・アフリカ、日本・アジア関連プロジェクトをサポート。また教育分野での対象者はフォーチュン・グローバル500企業のCEOを含め世界各地で約1,500人以上にのぼる。
オフィシャルサイト:http://www.nagata-gp.com
電通総研プロデューサー/研究員
山形県生まれ。2020年2月より電通総研。現在の活動テーマは「次世代メディアとコミュニケーション」。経済学・経営学のバックグラウンドと、マスメディア・デジタルメディア・テクノロジー開発での実務経験を活かして、マクロ視点からコミュニケーションのメガシフトを研究する。
山形県生まれ。2020年2月より電通総研。現在の活動テーマは「次世代メディアとコミュニケーション」。経済学・経営学のバックグラウンドと、マスメディア・デジタルメディア・テクノロジー開発での実務経験を活かして、マクロ視点からコミュニケーションのメガシフトを研究する。