


【片山俊大氏】
「宇宙ビジネスの広がりに
ついて」
一般社団法人Space Port Japanは、スペースポートを日本で実現することを目的とした非営利団体です。スペースポートとは、日本語で「宇宙港」。宇宙に行くための地上の拠点のことです。近年、滑走路から水平離陸して宇宙に飛び立つ機体が続々と商業化されているので、空港を宇宙港にも利用するということも推進しています。
今、世界中でスペースポートが開発ラッシュで、日本各地※2でもスペースポート建設が進んでいます。スペースポート自体は地上の話なので、まちづくり、不動産など、さまざまな関連ビジネスの拠点となります。
2021年ぐらいから商業的な宇宙産業がどんどん活発になり、ITで成功した人たちが参入していますよね。宇宙産業はこれから大きく成長すると言われますが、新しく宇宙産業という単体での産業が生まれるというよりも、既存の産業がすべて宇宙空間に膨張していくというふうに考えていただく方がよいのではないかと思います。
宇宙の担い手は、民間企業へ
宇宙ビジネスがなぜ盛り上がっているかというと、火星や遠い宇宙、軍事・公共利用といったものは、NASA、JAXAといった国家機関が担いますが、国際宇宙ステーション(ISS)やロケットなどはなるべく民間企業が推進してくださいという流れが世界的に起こっているからです。例えば、ISSを旅行の拠点、映画スタジオとして民間に開放し、運営していこうという計画があります。他にも、月面にある氷を電気分解して水素を生成する基地にしようという構想もあります。火星に行くための燃料補給地ですね。さらに、火星の環境を人間が住める状態に変えてしまおうという計画、いわゆる「テラフォーミング」の構想や、月と火星の一体開発などが進められています。
宇宙に行くことばかりに注目が集まりますが、基本的に宇宙産業の大部分は人工衛星であり、通信、測位、観測衛星といったインフラです。最近は衛星が非常に小型化していますので、数百基、数千基という数を打ち上げて、インターネット網やビッグデータ網を作ろうとしています。しかし、人工衛星を宇宙に運ぶ需要が超過状態で、その供給が追いつかない。だから今、ロケットやスペースプレーンへの参入が続いているのです。そして、さまざまな国が自国から打ち上げたいと考えていますから、スペースポートの開発ラッシュになっているというわけです。
一方、今や宇宙ゴミも問題になっていることも見逃せません。宇宙ゴミを除去するビジネスも花開きつつありますが、これは国際的な法整備とともに推進する必要があります。
宇宙ビジネスは遠い話ではない
宇宙旅行なんてものもありますが、将来的には、宇宙経由なら1時間以内で全世界へ行けるようになります。そうなると、船から航空機、航空機から宇宙機という形で人の移動手段が劇的に変わるでしょう。この実験は2023年に実施する予定がありますので、商業ベースになってくるのも近い話かなと思います。『超速でわかる! 宇宙ビジネス』※3という著書の中で書いているのですが、20世紀が「国境の壁を超えるグローバル時代」だとすると、21世紀は「宇宙と地球の壁も取っ払うようなユニバーサル時代」になると思っています。
『月をマーケティングする』※4というアポロ計画の模様を描いた本の帯のキャッチコピーがこう言っています。「人類がまだ火星に行っていないのは、科学の敗北ではなくマーケティングの失敗なのだ」、言い換えると「科学が発展したから月に行けたのではなく、月に行くという目標を決めて、とんでもない予算を注ぎ込んだ結果、科学が発展した」ということです。
そして今、約50年ぶりに月面に行く計画も、火星に行く計画もあります。つまり、月や火星をどう利活用するかを先に考えた結果として、科学が発展するということが、再び起ころうとしています。そう考えると、我々がやることはたくさんあるのかなと思います。

【清水雄也氏】
「宇宙倫理学について」
私が所属する京都大学の宇宙総合学研究ユニット(通称「宇宙ユニット」)というのは、学内に点在する、宇宙関連の研究をしている人たちを集めて関連付けるという目的で作られた、少し珍しい組織です。この宇宙ユニットを中心に、2022年度から宇宙倫理学教育プログラムというものを始めました。これは必ずしも倫理学者を育てることを目的としているわけではなく、これからさまざまな業界で活躍していく人たちに、倫理的な観点から宇宙開発を考えられる人になってもらうことを目指すプログラムです。
「宇宙倫理学」はなぜ大事なのか?
倫理学というのは、人間の行為や社会制度の善悪ないし正不正について研究する哲学の一分野です。宇宙倫理学は、宇宙開発のあり方について、そうした観点から問題を提起し、適切な方針を提示することを目的としています。まずは、宇宙倫理学の何が面白いのか、何が大事なのか、についてお話しします。
1つ目は、今後私たちが宇宙進出を進める際の重要な指針の1つになるということです。政治やビジネスにおける意思決定、あるいは政治家やビジネスパーソンがおこなう活動に対する市民の態度決定において、倫理学的な議論は重要な参照点を提供します。もちろん、特に倫理学を使わなくても、人びとはそれぞれ考えをもっています。ただ、それらは必ずしも十分に整理され、考え抜かれたものとは限りません。さまざまな考え方同士の関係も、よくわからなくなってしまうことが多いでしょう。そして、各自がそうしたことをその都度考えていくというのは、あらゆる意味で容易ではありません。そこで、ある程度以上の専門的知識と関心をもつ者たちが、時間と労力を割いてそのトピックについて考え、それについてしゃべったり書いたりすることで、人びとはそれを参照することができるようになるわけです。人類の活動圏を宇宙へと拡大していくにあたって、「よいことをしたい」、「正しいことをしたい」と思ったとき、あるいは他者のおこないが「よいことなのか」、「正しいことなのか」を判断したいというときに、参照点として役に立つような議論を蓄積することが、宇宙倫理学の主たる目的の1つです。
2つ目は、宇宙について考えることで、地球のことだけ考えていたときは考慮の範囲から外してしまっていた可能性に議論が及ぶことです。それによって、倫理の一般理論の研究が深まることが期待されます。つまり、地球で通用してきた倫理的な原理に、ある種の再考を迫るほどのインパクトをもちうるケースが出てくるかもしれないということです。
例えば、仮に火星に生態系がないという前提に立つとします。このとき、火星の自然を破壊したり改変したりすることは許容されるでしょうか。地球の場合、ほとんどあらゆる場所に生態系が存在しているので、地球の環境倫理は常に生命ありきで考えます。しかし、月や火星に議論を広げてみることで、環境への配慮と生命や生態系の存在が本質的にどう関わるのかといったことを、あらためて問うきっかけになります。それは、倫理的に配慮をするべきものとは何なのかという議論に、もう一段深い問いを投げかけることにつながるのです。
3つ目は、地球の貴重さや重要さを再考するきっかけとなることです。宇宙進出に伴うリスクやコストを考えていると、かえって何でそんなことをしようとしているんだろうという問いが出てきます。それによって、地球で私たちが活動を続けられるということのありがたみみたいなことが逆に照らし出されてくるという側面があります。宇宙進出に関連する倫理的論点を深く考えることで、地球の持続可能性をより真剣に考えるべきだと思えるようになってくるというのも、宇宙倫理学の面白さの1つかもしれません。
「宇宙倫理学」がカバーするトピック
宇宙倫理学の扱うトピックは多岐にわたります。「もし宇宙人と遭遇したらどうする…?」みたいな議論もありますが、今回はそういったSF的な話題には触れず、「宇宙旅行ビジネス」、「宇宙資源開発」、「宇宙デュアルユース」の3点について簡単に説明してみたいと思います。

トピック①
「宇宙旅行ビジネス」
宇宙旅行に伴うリスク
宇宙旅行商品はすでに販売されているし、実際におこなった人たちもいます。そこで出てくるのが、生命・健康リスクの問題です。短期的なミッションなどでもリスクはありますが、より長期的な活動、例えば、宇宙ステーションホテルに長期滞在するとか、火星旅行に行くとなると、非常に多くの健康リスクに直面することになります。
例えば、宇宙線被ばくの問題があります。宇宙空間には高エネルギーの放射線が飛び交っており、これを宇宙線と呼びます。当然、地球にも宇宙線は降り注いでいますが、大気や地磁気といったバリアがあるおかげで、地上で暮らしている分には大きな健康上の影響はありません。逆に言えば、宇宙空間に出てしまうと、地球のバリアに守ってもらえなくなるわけです。宇宙旅行ビジネスは、そのような環境に旅行客や従業員を連れ出すことになります。その他にも、微小重力環境に長くいると、骨量減少、筋萎縮、視力低下といった身体的影響を受けることが知られています。また、危険な宇宙空間にぽつんと浮かぶ宇宙船や宇宙ステーションの中に閉じ込められた状態は、精神面にも悪影響を及ぼすかもしれません。このように、宇宙旅行には、地球上での旅行では直面しないような健康リスクがたくさんあります。
致命的な事故リスクも大きくのしかかります。出発から帰還までのどこかの段階で、過去のスペースシャトル事故のような悲劇が起こるかもしれないという懸念は、まだ十分に払拭される段階に至っていません。また、その場で全員が命を落とすような事故でなかったとしても、なんらかの事故が生じた場合の生還可能性は、地球上での旅行よりもはるかに低いように思われます。そもそも生身の人間が一歩でも外に出ればすぐに命を落とすような場所への旅行ですし、食料や医薬品などの物資も持っていった分しか使えません。負傷者を自動車で病院に連れていくこともできませんし、ヘリコプターが救助に来てくれることもありません。
離脱や救援の不可能性は、事故の場合に限らず、宇宙旅行に特有のリスクをもたらすでしょう。旅行中に事件やトラブルがあっても、一部のメンバーだけが途中で帰ることはできませんし、警察も消防も救急も呼べません。また、そうした状況自体が、なんらかの加害行為を助長してしまうようなケースも考えられます。
こうしたリスクは、いずれは技術的に解決できるようになっていくかもしれませんが、まだそのような技術は確立していません。そうした段階で、宇宙旅行商品を販売して利益を得ることは許容されるのか。また、許容されるとしたら、どのような条件下で許容されるのか。そういった問題が倫理的な関心の対象になります。宇宙旅行ビジネスをめぐる倫理的議論は、企業の事業立案、それに対する投資家の判断、法律・政策レベルでの枠組み構築、市民の態度形成などにおいて、ある種の根拠として参照できるものになるはずです。
客が同意すれば、宇宙旅行は問題ない?
どのような条件下で宇宙旅行ビジネスが許容されるべきかという問題とも関連するのですが、以上で見たようなリスクにもかかわらず宇宙旅行商品を販売する場合、何かが起こってしまった際の責任の所在をどう考えるべきかという問題が出てきます。医療倫理の分野でよく知られた言葉に、「インフォームド・コンセント」という言葉があります。「リスクに関する情報を十分に与えられた上での同意」のことです。これは現代医療における基本的な指針の1つとして定着してきた考え方ですが、それを宇宙旅行ビジネスでも使うことができるのではないかという議論があります。つまり、旅行客にどのようなリスクがどれくらいあるのかを十分に説明し、それをすべて承知の上で宇宙旅行に行くことに同意したならば、そこでもし何かが起こっても事業者は免責されるだろう、という考え方です。
ですが、現段階ではそもそも、事業者側自身が宇宙旅行のリスクを十分に把握できていません。「死亡するリスクがあります」とだけ言うのはインフォームしたことにはならず、どれぐらいの確率で、どういったことが、どういう技術的な理由から起こるのか、ということを詳細に把握し、それを十分に伝えて初めて「インフォームド」になります。そのため、宇宙旅行ビジネス分野はインフォームド・コンセントを使える段階に達していないと考えるべきかもしれません。
また、宇宙旅行は、医療とは異なり、そのままの状態では生命や健康などが損なわれてしまうような状況にある人を救うために実施される活動ではありません。そのため、そもそも医療と類比的な仕方でインフォームド・コンセントを適用すること自体が不適切であるという見方もあります。
買い手の同意さえあれば販売者側は免責されるだろう、というのはシンプルでわかりやすい考え方なので、つい飛びつきたくなるかもしれませんが、少なくとも無条件に採用可能な原理ではありません。インフォームド・コンセントは、その考え方の洗練されたバージョンで、たしかに魅力的な枠組みに見えますし、実際にその枠組みが採用されているケースなどもあるのですが、それでもそのまま宇宙旅行に適用するのは問題がありそうです。けれど、せっかく宇宙旅行は実現可能になってきているし、今後のビジネスの発展のためにもやってみたいと考えることは自然です。そういう状況の中で、どういう倫理的なラインを引くのがもっとも適切かというのが、宇宙倫理学における興味深い論点になっています。

トピック②
「宇宙資源開発」
宇宙資源は誰のもの?
月や小惑星に水や貴金属などの資源が眠っているということが知られていますが、それらを採掘して利用・販売することを目指すベンチャーがさっそく立ち上がっています。そこで、宇宙にある資源を採ったり、売ったり、使ったりしようとするとき、一体誰にその権利があるのか、という問題が出てきます。誰のものでもない月や小惑星から採った資源は、一体誰のものなのでしょうか。そもそも誰かのものにしていいのでしょうか。もし誰かのものになるとしたら、どのような条件の下でそうした権利は生じるのでしょうか。これは、法的・政治的な問題であると同時に、その根底においては哲学的・倫理的な問題でもあります。
宇宙の国際的枠組み「宇宙条約」
今のところ、私たちが従うべきだとされている国際的な枠組みに、「宇宙条約」※5というものがあります。人類が宇宙進出を始めた頃の1967年に発効したものですが、かなり多くの国が加入しています。そこでは、宇宙空間や天体がどこの国のものにもならないと定められており、それゆえ民間でも所有できないというのが基本的な解釈になっています。問題は、そこから採れた資源はどうだろうという点です。これは宇宙条約には書かれていません。
近年の代表的な動きは2種類あります。1つは、国際的な合意を待たずに各国レベルで法整備をする動き。アメリカ、ルクセンブルク、アラブ首長国連邦(UAE)、日本は、国内法レベルで、自国民が自分で採った宇宙資源は自分のものにしていいという法律を成立させています。これ自体が倫理的にどうなのかとか、法的にどういう意味を持つのかといったことは、興味深いと思います。もう1つは、新しい国際的な枠組みを作る動きです。国連での議論や、アメリカを中心としたアルテミス合意、また、研究者や民間、政府などさまざまな主体が入ったハーグ宇宙資源ガバナンスワーキンググループなどがあります。
宇宙資源の所有をめぐる問題は、「何かが誰かのものになるということが正当な仕方で起こるとき、一体どういう条件を満たしていなくてはいけないのか」という、非常に根本的な問いに私たちを立ち返らせてくれます。早い者勝ちでいいのか。取得してもよい量に制限を設けるのか。採り始めるときに満たすべき条件を設けるのか。もしくは、誰のものでもないので、そもそも取得不可能なのか。いろんな考え方がありうるわけですが、この辺をいろんな根拠や理論を使って考えていこうという議論が、宇宙倫理学の中でも論じられます。
考慮に入れるべき点の1つは、現状、資源採掘能力には国や地域によって大きな偏りがあることです。技術的に世界中の誰もが宇宙資源を採りに行けるわけではありません。単純な早い者勝ちルールでは、地球上にすでに存在する不正義や不平等を維持・拡大するおそれがあるわけで、このあたりは倫理的にもしっかり深める必要があるとされています。

トピック③
「宇宙デュアルユース」
ビジネスと関係の深い
「デュアルユース」問題
人工衛星や宇宙関連技術というのは、ビジネス利用や科学利用のために作られたものが多いのですが、実は軍事利用するとすごい威力を発揮したり、役に立ったりするものがたくさんあります。「デュアルユース」というのは、人工物やテクノロジーが、平和利用と軍事利用の両方に資する可能性のことです。
最近それが顕著に表れた例が、イーロン・マスク氏のスペースX社です。スペースX社は、スターリンクという衛星通信網を宇宙に展開しています。これは、複数の通信衛星を宇宙空間に浮かべておいて、地球の通信をサポートするというテクノロジーです。ロシアがウクライナに侵攻した際に、ウクライナを情報的に孤立させようと目論んだところ、スペースXが手を貸したことによって、ロシアの軍事的な情報戦略が部分的にくじかれました。
科学者・経営者の責任の範囲は
どこまでか?
こうなると、宇宙ビジネスと安全保障や軍事が無関係ではないというのが、誰の目にも明らかになってきます。軍事に直接関わらない科学者や経営者が、間接的に戦争やテロリズムに関わる可能性があるのです。こうしたことは宇宙技術に限ったことではないですが、科学やビジネスのための技術開発が、本来の目的でない軍事に転用される可能性というものに、気をつける必要があるということです。こうして、デュアルユースをめぐる問題は、宇宙倫理学の中に深く入り込んできます。
とはいえ、デュアルユースはあまりに広い範囲で成り立つので、完全に避けようとすると何もできなくなってしまいます。過度な慎重論は、説得力や実効性に欠けますし、経済や科学技術の重要な進展を妨げるという別のコストないしリスクを招くことになりかねません。科学者や経営者が引き受けるべき責任の範囲について、理論や市民的議論を成熟させ、現実的なバランスを考慮しながら公的・制度的な仕方で社会実装するところまで持っていく必要があります。
また、加害可能性だけではなくて被害可能性も大事です。特に経営者の場合は、自分たちが平和利用目的で多くのリソースを費やして準備したものが、自分の所属する国が戦争に関わることで、敵国から潜在的な脅威と認識され、破壊されてしまう可能性があります。これは投資などにおいて重視されるファクターで、軍事利用される可能性が高いものは、そうした理由で破壊されてしまうリスクを潜在的に抱えていると見なされるかもしれません。

【ディスカッション】
宇宙産業と宇宙倫理学の
関係性
モデレーター:若杉茜(電通総研)
倫理が先か、実態が先か
片山
宇宙産業にしても何にしても、放っておくと、パワーのある主体がどんどんルールを作っていってしまいますよね。倫理が先か、実態が先か、このバランスがどうあるべきか教えていただきたいです。
清水
難しいご質問です。現実から言えば、一般的には実態が先でしょう。倫理的考慮は、人びとが「どういう世界に住みたいのか」とか「どうあるべきなのか」といったことについて考えるようになってから生じる反省的な思考であり、基本的に、そうした思考は実態を観察・経験する中で発展していくものだと考えられます。ですが、具体的な事柄について「どっちが先であるべきか」という観点から言えば、現実の動きに先駆けて、倫理的な理想があり、それに従ってみんなが納得できる方針や制度が整えられ、その上で実態が展開されていく方がいいとも考えられます。合意された倫理的指針が先にあって、それに基づいてやれるならばそれに越したことはないかもしれない。だけど、現実的には大体倫理が遅れます。
片山
でも、倫理を考えること自体に不利益はないから、議論をしておいて、必要なときにちゃんとそこにアクセスできるようにすればいいよね、ということですね。宇宙倫理をもっとも活用する人はおそらく、法体系を作る人ですとか、国際条約を作るような人だと思います。それ以外に、宇宙倫理をどうやったら活用できると思いますか。例えば、ビジネスなどを通じて世の中に訴求していくこともあるのかなと思いました。
清水
宇宙倫理学が接近する分野と言えば、やはりまずは法とか政治だと思いますが、これからは起業家が宇宙進出をリードする部分も大きくなってきますので、ビジネスなどの領域とも深く関わっていくことになると思います。宇宙ビジネスをする人たちも、自分たちのすることの倫理的な善し悪しとか正不正について知っておきたいと思うかもしれません。結果的にどうするかはともかく、倫理的なステータスを知った上で意思決定をしたいと考えることは自然ですし重要です。そうした考慮は、ビジネスを阻むものと見られがちですが、逆に促進する可能性にも開かれています。
宇宙進出のモチベーション
宇宙領域への人類進出は、資本主義の飽くなき探求なのではないかと感じます。地球が限界だから仕方なく宇宙に行くといった側面もあるように思うのですが、このことについて宇宙倫理学ではどのような議論がされていますか。
清水
現代において、人類が宇宙産業に挑戦する基本的なモチベーションを与えているのが資本主義だというのは、たしかにそうでしょう。ただ、宇宙倫理学において、宇宙開発と資本主義との関係という大きな主題を論じている論文は、今のところ私は見たことがありません。近いところでは、政治思想に関する複数の立場から、宇宙開発に関わる個別的なテーマについて論じるような議論は色々とあります。
宇宙産業に後から参入してくる国への
配慮
今、宇宙産業に参入しているのは、一部の先進国だけかと思います。これから参入してくるような国の潮流や、それに関連した論点や議論があればお聞かせください。
清水
国連にCOPUOS※6というものがあります。これは宇宙の平和利用の方法を考える大きな委員会で、100か国が参加しています。以前は主に宇宙に手が届く国しか関心を持っていなかったのですが、最近は現段階ではまだ宇宙に手が届かないような国々もどんどん入ってきています。先に宇宙開発を進めた国々が自分たちに有利なルールを作ってしまって、後から入った国々が追いついたときには不公平な枠組みができあがってしまっているという状態になりかねない、そうした懸念が背景にあると考えられます。自分たちの利害と主張を国際的な枠組みに反映させる可能性を確保するために、早い段階からこの委員会に参加しておくことが重要になってくるわけです。実際、参加国すべてに配慮したルール作りをしようというのが、少なくとも重要な建前にはなっています。
片山
とはいえ、それはある意味で実態の裏返しのようにも見えます。アメリカ、ルクセンブルク、UAE、日本など、国内法で宇宙資源の所有権に関する枠組みを成立させて採掘を進める流れも加速しているからこそ、国連を機能させようという流れがある。どんどん進む実態と、いやいや公正な国際的ルールを作ろう、という2つの大きな潮流がありますね。
所有権の問題とも深く関わってくるように思いますが、ルールメイキングから多様な国が入っていくというのはすごく大事だなと思います。
清水
そこに問題があることに早い段階から気づいて、多様な声を少しでも入れる。そうすることで、未来を変える可能性を保つことが大事です。倫理学には現実をすぐに左右するような力はないかもしれませんが、遠回りでも間接的な仕方で現実に意義ある影響を与える可能性はあります。
Text by 若杉茜・中川紗佑里
Photographs by 安部国宏

清水雄也 しみず・ゆうや
京都大学 宇宙総合学研究ユニット 特定助教
因果関係を主たる研究テーマとする科学哲学者。社会科学方法論からメタ形而上学まで幅広いレベルで因果論を研究している。2015年より宇宙倫理学の研究グループに参加し、以降、その学術研究と社会普及活動にも従事。現在は、京都大学における宇宙倫理学の主たる担当教員として教育研究活動をおこなっている。東京工業大学大学院修士課程修了。一橋大学大学院博士後期課程単位取得退学。著書に『宇宙倫理学』(共著、2018年、昭和堂)など。
因果関係を主たる研究テーマとする科学哲学者。社会科学方法論からメタ形而上学まで幅広いレベルで因果論を研究している。2015年より宇宙倫理学の研究グループに参加し、以降、その学術研究と社会普及活動にも従事。現在は、京都大学における宇宙倫理学の主たる担当教員として教育研究活動をおこなっている。東京工業大学大学院修士課程修了。一橋大学大学院博士後期課程単位取得退学。著書に『宇宙倫理学』(共著、2018年、昭和堂)など。

片山俊大 かたやま・としひろ
株式会社電通 ソリューション・デザイン局
一般社団法人Space Port Japan共同創業者&理事
株式会社電通入社後、クリエーティブ、メディア、コンテンツ等、幅広い領域のプロジェクトに従事し、日本政府・地方公共団体のパブリック戦略担当を歴任。日本とUAEの宇宙・資源外交に深く携わったことをきっかけに、宇宙関連事業開発に従事。専門分野は「広告・PR領域全般」「新規事業創造」「M&A」「公共戦略/官民連携推進」「エンタメ・コンテンツ戦略」等。著書に『超速でわかる!宇宙ビジネス』(2021年、すばる舎)がある。
株式会社電通入社後、クリエーティブ、メディア、コンテンツ等、幅広い領域のプロジェクトに従事し、日本政府・地方公共団体のパブリック戦略担当を歴任。日本とUAEの宇宙・資源外交に深く携わったことをきっかけに、宇宙関連事業開発に従事。専門分野は「広告・PR領域全般」「新規事業創造」「M&A」「公共戦略/官民連携推進」「エンタメ・コンテンツ戦略」等。著書に『超速でわかる!宇宙ビジネス』(2021年、すばる舎)がある。
https://engawakyoto.com/