電通総研は「クオリティ・オブ・ソサエティ」の活動の基盤として、「人びとの意識の変化がどのような社会を形づくっていくのか」を捉えるため、「電通総研コンパス」と称した定量調査を実施しています。第9回は「気候不安」をテーマとし、「世界気象デー(3月23日)」を前に、気候変動が人びとの意識と行動にどのような影響を与えているか考察することを目的としました。
「気候不安」とは?
気候変動の影響を強く受ける国・地域に居住しているかどうかにかかわらず、若い世代を中心に「気候不安(エコ不安)」(climate/eco anxiety)と呼ばれる心理的な現象が確認されています。「気候不安」とは、気候変動による生活や環境への影響や未来への不安から、不安感や無力感、怒りなどの感情を慢性的に抱いている状態のことをいいます。欧米の医学・科学雑誌や主要メディアにおいても多く取り上げられており、アメリカ心理学会はアメリカ人の3分の2以上が気候不安を経験していると報告しています※1 。
本調査が下敷きとする10か国調査からは、16~25歳の調査対象者のうち、59%が気候変動について「極度に心配している」または「とても心配している」ことが明らかになっています。また、全回答者の45%が「日常生活や活動に悪影響を及ぼしていると感じる」と回答しており、その割合は気候変動の影響を受けやすいグローバルサウスの国ほど高くなっています。
切迫度の増す気候変動を「自分ごと化」して捉えることは、地球上で生きる全人類にとってもはや不可避である一方、痛みや苦しみを伴うことも事実です。メンタルヘルスと気候変動との関係性は、災害が激甚化する日本において、検討の必要性がますます大きくなるテーマとなるでしょう。しかし、現状では「気候不安」という名称すらほとんど認知されておらず、先行研究も非常に限られているのが実態です。
先行研究と調査の目的
本調査は、2021年にバース大学の研究者が中心となり10か国で実施した「Climate anxiety in children and young people and their beliefs about government responses to climate change: a global survey (子どもと若者における気候不安と気候変動への政府の対応についての考え方:国際調査)」と同じ質問票を、筆頭著者であるエリザベス・マークス博士らの許可を得た上で使用しています。日本調査では、先行研究と同じ8つの質問を日本語訳したものに独自の設問を追加し、日本在住の16~65歳、計5,000人を対象に調査を実施しました。
本記事では、その中の16~25歳(計1,000人)の調査結果を、10か国での調査結果と比較しながらご紹介します。日本独自の設問の結果、日本調査における年代別比較の結果については、後日公開する予定です。
◎詳細なレポートはこちらからご参照ください。国際比較版【電通総研コンパス第9回調査】気候不安に関する意識調査
日本の調査結果
1.気候変動を「心配していない」と14.6%が回答。11か国で最も高い結果に。
「私は気候変動が人びとや地球を脅かすことを心配している」かという問いに対して、11か国ともにZ世代の8割以上が「心配している」と回答しました。特にフィリピンでは「極度に」「とても」心配している人だけで8割以上を占めます。日本では「心配していない」が14.6%と、気候変動を深刻に捉えていないZ世代の割合が11か国中もっとも高いこともわかりました。
2.気候変動による「不安」は大きいものの、激しい負の感情や自責感情は小さい
気候変動がもたらす感情として、日本は「不安」が72.6%と非常に高く、10か国の平均を上回りました。しかし、「喪失感」や「絶望」、「怒り」といった激しい負の感情は、他国よりも低くなりました。同様に「罪悪感」や「恥ずかしさ」など、気候変動を自己の責めに帰することから生じる感情も、他国と比べて非常に低くなっています(※国ごとのデータはレポートをご参照ください )。
3.日常生活へのネガティブな影響を感じる人は、グローバルサウスに次いで多い
「気候変動に対する感情は、私の日常生活(食事、集中力、仕事、学業、睡眠、自然の中で過ごすこと、遊ぶこと、楽しむこと、恋愛のうち少なくとも1つ)にネガティブな影響を与えている」と答えた人の割合は、日本で49.1%となり、11か国中5番目に高くなりました。影響を感じる人の割合が日本より高いのは、フィリピン、インド、ナイジェリア、ブラジルとなり、全てグローバルサウスの国々でした。
4.「他の人と気候変動について話さない」が41.6%、11か国中もっとも高い
「私が気候変動について話そうとしたとき、相手に無視または拒絶されたことがある」かどうか尋ねる質問に対して、日本は「他の人と気候変動について話さない」が41.6%と11か国中もっとも高くなり、気候変動に対する関心の低さがうかがえる結果となりました。同時に、「はい」と回答した人の割合は、11か国中もっとも低くなり、日本では気候変動の話をすることによって他者に無視または拒絶されることはほとんどないこともわかります。
5.自分自身や人類の未来についての考えは、11か国でもっとも楽観的
回答者自身や人類の未来についての7つの考え方について、回答者自身に当てはまるかどうかを問う質問では、全項目で日本は10か国の合計を大きく下回りました。特に差が大きい項目は、「私がもっとも大切にしているものは破壊されるだろう」(34.9ポイント)、「人間は地球を配慮するのに失敗した」(31.8ポイント)、「私は両親と同じようなチャンスを手に入れられないだろう」(31.4ポイント)となり、10か国に比べ、日本は楽観的な見通しを持っている人の割合が高いことが明らかになりました。
6.政府の気候変動対策に不信感を抱く人ほど、将来に悲観的
先行研究と同じ方法で、複数の質問を用いてスコアを算出し、スコア間の相関関係を分析したところ、「裏切りスコア」(政府の気候変動対策によって裏切られたと感じる感情)と「気候変動による悲観的な考えスコア」の間には正の相関がありました。つまり、政府の気候変動対策への不信感が大きいほど、気候変動が自分自身の将来や人類の未来に与える影響についての考えが悲観的になることがわかります。この傾向は、その他10か国だけでなく、日本でも確認されました。
考察とまとめ
調査結果からは、気候変動に対して不安を抱きながらも、人類の未来にもたらしうる具体的な影響を深刻に捉えている人は他国よりも少ないという、日本の若年層の姿が浮かび上がりました。また、本調査のテーマである「気候不安」という現象は日本でも確認されたものの、気候変動を十分に「自分ごと化」している人が少ないという問題も存在することがわかりました。
気候不安は精神障害ではなく、合理的で実際的な不安であり、気候変動に対応するために自らの行動を見直すことを促すという指摘※2 もあります。気候変動とメンタルヘルスを巡る問題への関心を高めながら、同時に「正しく怖がる」ことも今の日本にとっては必要であるように思われます。
気候変動の原因の大部分を生み出しているのは日本を含むグローバルノースの国々ですが、干ばつや洪水、熱波など異常気象の影響を不当な割合で受けるのはグローバルサウスの国々です。これらの地域では、異常気象が引き金となって食糧不足など他の問題に連鎖し、貧困など既存の問題が深刻化しています。地球が直面する気候危機を直視し、もっとも脆弱な立場に置かれた人びとに思いを寄せることが重要でしょう。
※1:American Psychological Association. (2020). “Majority of US Adults Believe Climate Change Is Most Important Issue Today.” (https://www.apa.org/news/press/releases/2020/02/climate-change )
※2:Verplanken, B., Marks. E. & Dobromir, A. I. (2020). On the nature of eco-anxiety: How constructive or unconstructive is habitual worry about global warming? Journal of Environmental Psychology . 72:101528.
*グラフ内の各割合は全体に占める回答者の実数に基づき算出し四捨五入で表記しています。また、各割合を合算した回答者割合も、全体に占める合算部分の回答者の実数に基づき算出し四捨五入で表記しているため、各割合の単純合算数値と必ずしも一致しない場合があります。
** 本調査(各国1,000サンプル)の標本サイズの誤差幅は、信頼区間95%とし、誤差値が最大となる50%の回答スコアで計算すると約±4.4となります。他国との比較で±4.4ポイント以上あるものは、有意な差があるとみなされます。
調査概要
●日本調査 タイトル:「電通総研コンパス」第9回調査(気候不安に関する意識調査) 調査時期:2022年10月12日~16日 調査手法:インターネット調査 対象地域:全国 対象者:16~65歳の計5,000人 調査会社:株式会社電通マクロミルインサイト
●10か国 タイトル:Climate anxiety in children and young people and their beliefs about government responses to climate change: a global survey 調査時期:2021年5月18日~6月7日 調査手法:インターネット調査 対象地域:英国、フィンランド、フランス、米国、オーストラリア、ポルトガル、ブラジル、インド、フィリピン、ナイジェリア 対象者:16~25歳の計10,000人(各国1,000人) 調査会社:Kantar
本調査内容に関する問合せ先 電通総研 山﨑・若杉・中川 E-mail: d-ii@dentsu.co.jp
Text by 中川紗佑里
「クオリティ・オブ・ソサエティ」レポート
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