電通総研

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「クオリティ・オブ・ソサエティ」レポート
こちらは2023年までの電通総研が公開した調査関連のレポートです。過去のレポート記事は、以下のリンクからご覧いただけます。毎年掲げるテーマに即した、有識者との対談、調査結果、海外事例、キーワードなどがまとめられています。
古田大輔氏
ファクトチェックから読み解く、ニュースメディアの未来
2023年6月6日、電通総研はジャーナリスト/メディアコラボ代表で、日本ファクトチェックセンター(JFC)編集長でもある古田大輔氏を招き、クオリティ・オブ・ソサエティ(QoS)フォーラム「情報空間の現状と、ニュース・ジャーナリズムの未来~海外動向を踏まえて~」を開催いたしました。SNSの台頭や生成AIの普及による情報空間の変化によりファクトチェックの必要性が増しています。
2023.08.27

# メディア

# ファクトチェック

# 情報的健康



【講演】情報空間の現状と、ニュース・ジャーナリズムの未来


人の趣味趣向は受動的に決められているのかもしれない

インターネットユーザー数は、2016年の34億人※1に対し、2022年は50億人と1.47倍※2になりました。そして、アップロードされるコンテンツ量は、さらにその数倍のペースで増え続けています※3。その膨大な情報の中から、プラットフォーム側によるアルゴリズムや似た興味・関心をもつ人たちだけで情報共有されることにより、フィルターバブル※4やエコーチェンバー※5という現象が発生し、そこにいわゆる「フェイクニュース」、誤情報/偽情報が加わり、正しい情報か否かが検討されないまま受け入れられてしまうことが起こります。

大量の情報で溢れている現代において、それぞれのユーザーに好みの情報を届けるための仕組みであるアルゴリズムは欠かせないものです。しかしその一方で、アルゴリズムには情報の質や多様性を分析・選別するのが難しい特性があります。そのため、アルゴリズムによって大量の情報を意識しないままに届けられてしまうことによって、個人の考え方、好み、趣味、生き方までも、実は能動的にではなく受動的に決められていっているんじゃないか、というところまで私たちは考える必要があると思います。

そのようなことを鑑みると、実はフェイクニュースだけが問題ではないといったことも見えてきます。そもそも、インターネットの中にいろいろな混乱を招く要素があり、そこへさらに間違った情報が紛れ込んできて、余計に正誤の判断がしづらい状況にあるということです。

※1 ※2 ※3 Domo「Data Never Sleeps 10.0」
https://www.domo.com/jp/data-never-sleeps
※4 フィルターバブル:アルゴリズムによってネット利用者の見たい情報が優先的に表示され、自身の考え方や価値観の「バブル(泡)」の中に孤立するという情報環境のこと
※5 エコーチェンバー:自分と似た興味・関心をもつユーザー同士が集まることで、自分と似た意見が返ってくるという状況のこと

ファクトチェックの役割とは

普段よく耳にする「フェイクニュース」という言葉ですが、実は専門家の間ではあまり使いません。なぜなら、「フェイクニュース」という言葉には明確な定義がないからです。例えばCambridge Dictionary※6で見てみると、「インターネットやその他のメディア上で拡散される、ニュースのように見える虚偽の記事。政治的な影響を与えることを目的とするか、あるいはジョークとして作られる」という定義がありますが、日本で使われる「フェイクニュース」の意味とは完全には一致しない場合があります。

専門家は誤った情報など情報汚染の問題を、三つに分類しています(図1・図2)。

情報汚染の三つの分類
情報汚染の三つの分類の関係性

※古田氏作成の資料を基に作成

現在日本で使われている「フェイクニュース」という言葉は、「ミスインフォメーション」と「マルインフォメーション」の両方の特性をもつ、「ディスインフォメーション」の定義に近いと言えます。

また、「ファクトチェック」は「事実」を切り分けて、それぞれの部分を検証する営みです。例えば、「雲が出ている、雨が降りそうだ、傘を持とう」という文章があったときに、「雲が出ている」は事実の提示、「雨が降りそうだ」は推測、「傘を持とう」は判断・行動です。この場合のファクトチェックは、「雲が出ている」という部分をチェックすることです(図3)。 その際、雲が出ていないなら誤った情報、雲はほとんど出ていないなら不正確な情報、雲は出ているけれども雨雲ではないという場合は、ミスリーディングな情報と判定することができます。 ただし、雨が降りそうだと思うこと、傘を持っていくことは、その人の思想・信条の自由なので、雲が出てなくても傘を持っていっていいのです。雲は出ていませんと言うのがファクトチェックの役割です。

ファクトチェック:事実と切り分けて検証
※6 Cambridge Dictionary:ケンブリッジ大学の出版局が運営しているオンライン英語辞典

地域密着型インターネットメディアの躍進

アメリカを拠点とする国際ファクトチェックネットワーク(International Fact-Checking Network、IFCN)※7という組織が、世界のファクトチェック団体を取りまとめており、ファクトチェック活動について五つの原則を定めています。

【IFCNファクトチェック活動の五つの原則】
1.非党派性・公正性
2.情報源の基準と透明性
3.資金源と組織の透明性
4.検証方法の基準と透明性
5.オープンで誠実な訂正方針

これらを守り実績を積むことを条件に、現在、世界から134団体(2023年8月時点)が認証団体として加盟しています。2022年まで日本からの加盟団体はありませんでしたが、今年5月に、私の所属する日本ファクトチェックセンター(JFC)※8とInFact※9が加盟しました。これでようやく世界のファクトチェックの議論に加わることができるというスタート地点に立ったと感じています。

古田大輔

また、近年、ニュースメディアのあり方において日本と海外で大きく異なる動きがあります。 まず経営難を原因とするインターネットのニュースメディアの縮小です。2023年4月バズフィード(BuzzFeed)※10が報道部門のバズフィードニュース(BuzzFeed News)の閉鎖を発表、同年5月ヴァイス・メディア(Vice Media)※11が経営破綻を発表しました。両者とも世界的人気を博していたウェブメディアだっただけに、ニュースメディア運営の難しさを感じさせられました。

一方、アメリカにおいて地域に特化した新興インターネットメディアが活躍しています。大手メディアでは地方の細かな情報が発信できていない実態がある中で、地域で立ち上がったメディアは、地元の精緻な情報を網羅できることから、地域とメディアは相性が良いと考えられています。 例えばテキサス・トリビューン(The Texas Tribune)というメディアがあります。ここは2009年にアメリカのテキサス州で生まれた寄付モデルのNPOメディアで、設立2年目以降は財政が健全に発展していて、正社員73人、売上15億円程度です。規模が大きいとは言えませんが、テキサス州に関する情報はやはりテキサス・トリビューン(The Texas Tribune) だよねと言われるようになっており、地元の住民が寄付をするようになりました。

同じく全米で1,200を超えるコミュニティを持ち、50の州や各地域でローカルニュースを発信するパッチ(Patch)※12も新たなビジネスモデルとして注目されています。パッチ(Patch)では売上の手段として広告や課金のみならず、有料のイベントカレンダーやクラシファイド広告※13など、多様化させた収入モデルで知られています。

古田大輔
※7 国際ファクトチェックネットワーク(International Fact-Checking Network、IFCN):2015年に設立された世界各国のファクトチェック団体からなる連合組織
※8 日本ファクトチェックセンター(JFC):2022年に日本で設立されたファクトチェック機関
※9 InFact:調査報道とファクトチェックにより新しいジャーナリズムの形を目指す独立系メディア
※10 バズフィード(BuzzFeed):2006年に設立されたアメリカのオンラインメディア。イギリス、日本、オーストラリア、カナダ、メキシコなどグローバルに展開。世界で月間6.9億人が訪れ、月間96億PV以上を記録
※11 ヴァイス・メディア(Vice Media):1994年に設立されたアメリカに本部を置くカナダのオンラインメディア。世界30カ国以上に支部を持つ
※12 パッチ(Patch):2007年に設立されたマンハッタンに拠点を置くアメリカのローカルニュースを扱うプラットフォーム
※13 クラシファイド広告:簡潔な文章を一覧掲載する形式の広告

Digital Citizenship 正しい情報を得るために、私たちにできること

「ファクトチェック」や「情報リテラシー」をなぜ学ぶのかというと、“デジタル社会における良き市民であるために”と表現される“Digital Citizenship”のためだと考えています。そうしないと、自分が正しいという主張ばかりを強いてしまい、結局いがみ合いにしかならないからです。古代ギリシャの哲学者ソクラテスが大切にするように言った“善く生きる”(正しく美しく生きる)ためのリテラシーを、われわれは重々承知した上でやっていかないといけません。

「フェイクニュース」への対応方法の中で一般的に言われることとして、「情報リテラシー教育」があります。“Critical Thinking(批判的な思考)”をしましょうというのが重要なテーマで、“吟味思考”と訳す研究者もいます。なぜ吟味思考が必要かというと、われわれの脳はシステム1とシステム2(図4)というものに分かれていて、多くの場合システム1だけで直感的に物事を判断し間違いが生じてしまう。入ってきた情報をシステム1で判断せず吟味するためにシステム2もきちんと使わないとだめだよねということです。

システム1,システム2

また、情報を正しく理解することを妨げる要因として「認知バイアス」「確証バイアス」が挙げられます。直感や経験に基づく先入観によって非合理的な判断をするのが「認知バイアス」であり、自分の考えや仮説に沿う情報のみを集めて仮説に反する情報を軽視する傾向が「確証バイアス」です。 このようなバイアスに囲まれた暮らしの中で、正しい判断がどれだけできているのか。そもそも、正しい情報はこれだと言えるのかを、学び直す必要があるのだと思います。もとからバイアスに囲まれていると知っていれば、今の私が思ったこの認知はこのバイアスによって影響を受けているかもしれないとチェックすることができます。これが情報リテラシー教育としても重要になってくると思います。

フェイクニュースに対しては、次のような五つの対抗策があるといわれています。

1.ファクトチェックを実践する
2.情報リテラシー教育をする
3.質の高い情報を普及させる
4.業界によって規制する
5.法的な規制をする

しかし、これらのいずれかを、あるいは全てを実現したとしても、必ずしも正しい情報を受け取れることにはなりません。むしろ、ChatGPTをはじめとする生成AIの普及やSNSなど個人から発信される情報の増加に伴い、より正しい情報が入手しづらくなることが予想されています。そのような中で、まず個人がすぐに情報をうのみにせず、それが正しい情報か確認すること。そして、私たちの組織(JFC)は地道にファクトチェックを実施し、正しい情報を蓄積していくことが大切だと思っています。

世界的に見るとファクトチェック団体は391団体※14あるといわれており、志を共にする世界中の団体と協力し合い、これからも正しい情報を伝えることに向き合っていきたいと考えています。

※14 IFCN非加盟団体を含む

【ディスカッション】情報の信頼性とニュースメディアの未来

ニュースを発信する側の信頼性を構築するためには何が必要だと思われますか。

ユーザーの役に立つ、ちゃんとした情報を作ることだと思います。Jobs-to-be-done※15という理論がありますが、読者が抱える課題、つまりJobsを、ニュースメディアはどうやって解決、つまりto be doneすることができるか。それに応えることが信頼を高めることにつながります。また、信頼はコンテンツレベルではなく、サービス全体で設計することが重要で、かつ一朝一夕ではなくJobs-to-be-doneの体験を繰り返すことで醸成されていきます。

ニュースメディアの未来について、期待していることは何でしょうか。

近年、人気メディアの倒産や大手企業・資産家によるニュースメディアの買収が相次いでおり、市場の縮小を感じています。その中で、地域密着型のニュースメディアは、手薄になる記者や既存の情報網の流れに反し、地域コミュニティと力を合わせ、きめ細やかな情報発信という重要な役割を担っています。日本では、地域発のニュースメディアはまだ少ないのが現状ですが、海外でさらに多くの成功事例が出てくれば、今後期待できる流れと言えるでしょう。

本日はありがとうございました。

紛争・戦争や新たなウイルス等感染症の蔓延、選挙や大規模デモなど大きな関心を生む情報の中には、必ずと言えるほどフェイクニュースが確認されています。また、未来の技術として期待される生成AIの技術革新もフェイクニュースに対する不安を増幅させる大きな要因になっています。 情報の発信・受信が容易な時代だからこそ、発信者は信頼を大切にし、発信者・受信者は正誤の判断をする前に“問う”ということが、より良い社会の実現に寄与するのではないでしょうか。

Text by Tomohisa Koizumi
Photographs by Kazuo Ito

※15 Jobs-to-be-done:アンソニー・W・アルウィック氏が提唱した理論。顧客のニーズや欲求ではなく、行いたいことや進歩に焦点を当てることで、顧客が本当に求めている価値や解決策を見極めるためのセオリー



古田 大輔 ふるた・だいすけ

ジャーナリスト/メディアコラボ代表/日本ファクトチェックセンター(JFC)編集長

早稲田大学政治経済学部卒。2002年朝日新聞社入社。2015年BuzzFeed Japan創刊編集長。2019年株式会社メディアコラボ設立。2020年Google News Labティーチングフェロー。その他、ファクトチェック・イニシアティブ理事、早稲田大学政治経済学部非常勤講師、NIRA総研上席研究員など。2022年日本ファクトチェックセンター(JFC)編集長。

早稲田大学政治経済学部卒。2002年朝日新聞社入社。2015年BuzzFeed Japan創刊編集長。2019年株式会社メディアコラボ設立。2020年Google News Labティーチングフェロー。その他、ファクトチェック・イニシアティブ理事、早稲田大学政治経済学部非常勤講師、NIRA総研上席研究員など。2022年日本ファクトチェックセンター(JFC)編集長。

小泉朋久 こいずみ・ともひさ

電通総研プロデューサー/研究員

1982年、東京都目黒区生まれ。多摩美術大学卒業。2023年1月より電通総研。現在の活動テーマは「デジタル時代におけるリアル」「サステナブル・ライフスタイル」。国際交流やクリエイティブ領域での実務経験を生かし研究活動をおこなう。

1982年、東京都目黒区生まれ。多摩美術大学卒業。2023年1月より電通総研。現在の活動テーマは「デジタル時代におけるリアル」「サステナブル・ライフスタイル」。国際交流やクリエイティブ領域での実務経験を生かし研究活動をおこなう。

合原兆二 ごうばる・ちょうじ

電通総研 プロデューサー/研究員

1990年、大分県日田市生まれ。中央大学商学部卒業後、2013年、株式会社電通九州に入社。福岡本社営業局、北九州支社を経て、2022年4月より電通総研。各種調査のほか、「地域」「メディア」「持続可能な食文化」などをテーマに活動。

1990年、大分県日田市生まれ。中央大学商学部卒業後、2013年、株式会社電通九州に入社。福岡本社営業局、北九州支社を経て、2022年4月より電通総研。各種調査のほか、「地域」「メディア」「持続可能な食文化」などをテーマに活動。