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村田晶子氏・森脇健介氏・矢内琴江氏・弓削尚子氏
ジェンダーに関する身近な問題に気づくには
ジェンダーに関する身近な問題に気づくには
少子高齢化や人口減少、後継者不足などにより、地域文化の喪失が懸念されています。日本文化の特徴と地域文化の価値について、長年、文化政策研究に携わられ、文化庁文化審議会の委員も務められてきた同志社大学の河島伸子教授にお話を伺いました。
聞き手:合原兆二
―海外のご経験も豊富な河島先生から見て、日本の文化はどのように見えていますか?
私は、今までアメリカとイギリスに住んだことがあり、現在はフランスに住んでいます。私の印象では、これまでアングロサクソン系の国では、いかに効率的に大量に同じものを生産して、流通させていくかということを得意とし、そのための標準化、画一化、マニュアル化に非常に長けているように思います。イギリスで産業革命がおこり、工業社会へと進み、アメリカにも広がっていったのは、そのような本質的な強みに起因しているのではないかと思います。一方、欧州ではイタリアやフランスなどのラテン系の国や北欧の国々で昔から、一つ一つの地域の個性やその地域における食や言葉、手仕事なども含めた文化の多様性が大事にされてきたと思います。
日本の場合は、ヨーロッパ的な考え方が合う国なのではないかといます。私が日本の一番素晴らしいと思うところは、北は北海道から南は沖縄まで、小さな日本列島の中で気候も違う、歴史も違う、食文化も違うことです。
しかし、今までそのような地域文化を武器や強みとして捉え、そこから新しい経済を生んでいこうという動きは少なかったように感じます。昨今、地方創生や地域活性化といったさまざまな言葉を使っていますが、あまり地域的な文化性を大事にしていません。どちらかというと観光客、特にインバウンドの人たちを大量に受け入れて、おもてなしをすることに注力しているように感じます。そして、その内容はマニュアル化された統一的なものが多い印象があります。
―日本の文化は海外からどのような点が評価されていると思いますか?
私は、日本が本当に稀有な国だと思っています。例えば伝統工芸です。焼き物では、その産地によって取れる原材料が違い、焼き方や色付けの技法が違うことで、その土地の名前がついた「○○焼」というものがあり、織物では「○○織」と名付けられているものが数多く存在します。さらに、染め物や漆工芸、日本酒などのお酒もあり、数えきれません。こうしたものが全国各地で発達し、その土地の名前を冠するという極めて多様で、文化性と卓越した技術を持っている国だと思っています。そのほかに、ポップカルチャーも、とても高度に発達している国だと思います。マンガやアニメは世界中で人気があり、大変面白いと高く評価されています。このような文化は世界に誇れる日本の独自性といえるのではないでしょうか。
―海外における文化的な取り組みについてどのように感じていますか?
イタリアの地域事例を研究した『イタリアのテリトーリオ戦略』(木村純子・陣内秀信 編著)という興味深い本があります。ここでは、必ずしも弱肉強食の世界ではなくて、それぞれが、それぞれを大事にしていく。そのためにはどうしたらいいのか。その地域で生き残っていく戦略を考えているのがイタリアだと書かれています。この発想は、日本では薄いのかもしれないです。どちらかというと、地域間による経済的な競争意識が強いように感じられるのですが、それだけではいけないだろうと思います。
イタリアでは、日本のように後継者がいないという問題が少ないようです。子どもが、家族からチーズづくりの技術を学んで、すごく誇りに思っている。さらに、それを現代風にアレンジをするなど、マーケティングやブランディングといった要素も考えるように変化しているようです。このような視点を持つことが、農業と食と、その地域のまちづくりに必要なのです。各地域での取り組みと都市とのつながりが論じられており、イタリアには学ぶことがとても多そうだなと感じました。
―地域文化を発信するうえで大切なことはどのようなことでしょうか?
その土地の人たちが自分たちの文化を素晴らしいと思って、自分たちでも消費をして、世界に自信を持って薦められることです。これがあってこそ、インバウンドやグローバルに向けた魅力の発信につながるのではないかと感じています。日本はそこを目指すべきだと思います。
日本では、車などの工業製品については品質の良さが世界的に認められています。どの商品をとっても間違いが少なく、クオリティが非常に高いです。工業製品を世界に売ることについては成功しましたが、そうではない個性があるものを売ることについては、まだまだ弱く、経験知も少ないのではないかと思います。そういった意味でも文化政策の果たす役割は大きいのではないかと思っています。
―文化を残し、伝承し、発展させるうえで、日本での障壁はどのような部分でしょうか?
日本人や、その地域の人びとが、文化の重要性や価値に気づいていないことだと思います。また、利便性や話題性だけに評価が寄ってしまっていることも考えられるのではないでしょうか。その要因として、外からの目が入ってこなかったこともあると思います。外から来た人から、「これ、素晴らしいですね、すごいじゃないですか」と言われて初めて気がつく、ということがよくあります。こうした地域固有の文化の優れた点を地域レベルでもっともっと掘り起こしていく必要があると思います。
―文化庁では「食文化」の分野を強化していく動きがありますが、日本の食文化の特徴はどのようなところでしょうか?また、文化政策における「食文化」の位置づけについて教えてください。
文化の中でも、特に食文化は地域による違いがあり、とても面白いと思います。正月に食べるお雑煮も地域によって本当にさまざまです。例えば、イクラを入れる地域があったり、お餅の形が丸型だったり四角だったり、多種多様です。食文化で見ても、日本は地域ごとの習慣や固有性がとても強く存在する国なのです。
食文化というものが文化庁の政策の中で考えられるようになったのは、比較的最近のことです。2013年に「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。その後、2017年に文化芸術振興基本法※1 という法律から、文化芸術基本法※2 という法律に改正される際に、初めて「食文化」が、生活文化の例示として記載されました。※3 それまで記載されていなかったのに新たに加わったことに驚きを感じました。そこから重要性が認識されるようになり、文化庁でも「食文化」を重要な位置づけとして捉えるようになったと感じています。
※1 文化芸術振興基本法: 2001年に文化芸術に関する基本法として制定。
※2 文化芸術基本法:2017年の改正時に、名称も「文化芸術基本法」に改名。
※3 文化芸術基本法における「食文化」の明文化:文化芸術基本法「第十二条 国は,生活文化(茶道,華道,書道,食文化その他の生活に係る文化をいう。)の振興を図るとともに,国民娯楽(囲碁,将棋その他の国民的娯楽をいう。)並びに出版物及びレコード等の普及を図るため,これらに関する活動への支援その他の必要な施策を講ずるものとする。」
私は、2020年から文化庁の食文化ワーキンググループ※4 に委員として参加しました。ワーキンググループでは、このまま放置しておくと伝統的な食文化が衰退するのでは、という意識が強調され、議論されていました。特に話題に出ていたことは、日本の食文化や地方の文化は、多様で豊かなものにもかかわらず、その認識や衰退への危機感が弱いという点です。文化財のような有形のものは形が残りますが、食文化やお祭り、地域の風習、そして伝統工芸などは、職人の高齢化や後継者不足、少子高齢化などの問題が重なり、本当に危機的な状況です。そのような文化を守り、継承し、発展させていくためには、一通りの文化政策では立ち行かなくなるのではないかと危機感をもっています。非常に価値の高い文化財だけを保護しようとか、とにかく行政が指定をして補助金を出せばいいとか、そういうことだけでは成り立たなくなります。草の根レベルでの文化をいかに大事にして、育んで、価値を見出していくのか、市民をはじめとした私たち一般の人たちも今後取り組んでいかなければ、未来にはつなげられないと思います。
※4 食文化ワーキンググループ:2020年、文化庁の文化審議会文化政策部会に設置され、食文化政策についての検討がおこなわれたワーキンググループ。
―人口減少や後継者不足などの問題がある中で、地域の食文化を残していくにはどのようなことが必要なのでしょうか?
まずは、国民の認識と気づきが大事だと思います。話題性だけを狙ったようなメディアの発信は避けないといけないと思っています。食材や食生活に対する関心は高いのですが、表面上だけでの発信になっている印象です。食に関して、こういう人たちが、こういう努力をして、その結果こういうものが生まれて、こういうふうに評価できる、といったようなストーリー性をドキュメンタリーで伝えていくということも一つの方法だと思います。
次に、調査研究の部分が不足している点です。実際に調査研究をおこなっている方は数多くいらっしゃるのですが、個々人でおこなっていることが多く、体系化できていないことが課題だと思います。しっかりとした調査と、体系立てていく学術研究が必要です。幸い近年では、大学で食文化を体系立てて総合的に研究するところが少しずつ出てきています。このような取り組みが全国各地に広がっていくと良いと思っています。
そして、学校給食や地域の食育教室のようなものも、もっと増えたらいいと思います。給食に食育を取り入れている地域もあります。昭和の時代は、全てが効率性と大量生産と、働け働け、成長だ、という時代でしたから、給食もそうした考えが反映されていたように感じます。しかし、今の時代はもっとスローでもいいですし、もう少し丁寧に食文化を学校の中で教えていくことは十分可能なのではないでしょうか。
―日本の地域で、注目している取り組みや活動があれば教えてください。
食文化で言えば、山形県鶴岡市※5 や、兵庫県丹波篠山市※6 に注目しています。そして、現代アートと食文化との関わりも面白いと思います。瀬戸内の国際芸術祭※7 や新潟県越後妻有の芸術祭※8 をおこなっている地域に実際行ってみると、地元の食材を使ったレストランがあります。現地で食べると、とてもおいしいです。農家の方々が、普段作っているものをちょっとおしゃれにして出してみようかと試してみたところ、来る人たちがみんな喜んで、徐々にビジネス化していき、地域が元気になるという好循環が生まれています。
瀬戸内海の島々も越後妻有も、この芸術祭がなかったら、なかなか人が行くきっかけを見つけにくい場所でした。しかし、本当に現代アートが好きな人も、それまであまり興味がなかった人も、行ってみたら結構楽しいということが段々と広まり、人が集まるようになりました。これが日本人による地域の再発見になっているのです。
※5 山形県鶴岡市:2014年に日本で初めて、「ユネスコ食文化創造都市」に認定。
※6 兵庫県丹波篠山市:2009年に日本一の農業の都を目指すとして「丹波篠山農都宣言」を発表。
※7 瀬戸内国際芸術祭:瀬戸内海の島々で開催される現代アートの国際芸術祭。2010年に始まり3年ごとに開催される。
※8 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ:新潟県越後妻有地域で開催される世界最大規模の国際芸術祭。2000年に始まり3年ごとに開催される。
―文化は社会や生活にとってどのような存在になるべきでしょうか?
文化は、いろいろな形で社会貢献ができると思っています。経済や社会やまちづくりに貢献するのはもちろん、もう一歩先を行って、教育であっても、都市開発であっても、全ての領域に、文化の視点が最低限必要になると思います。それを抜きにして、文化のクリエーティブ領域の側面だけが単独で貢献しますということはなく、文化的な視点をもっと幅広く捉えていくことが大事だと思います。文化的な視点を持った都市経営や、教育施策、労働政策など、全てに通用させなければいけないと思っています。
実はこの話、環境という視点で考えると理解しやすいです。環境は、都市開発や教育、企業経営など、何に関しても今やこの視点を抜きには語れません。農業も、交通も、国土開発も、環境的な視点から見ているのかと常に問われるわけです。文化も同じように考えれば理解しやすいのではないでしょうか。
地域の個性を大事にしながら、文化を育み、そこに価値を見出していくことが地域の未来につながるのではないでしょうか。行政もその地域の人も一体となって取り組んでいくことが必要だと思います。
―ありがとうございました。
少子高齢化や後継者不足、コミュニティの希薄化などにより地域のアイデンティティの喪失が懸念されています。地域特有の個性があった場所で、画一化や均質化が進むことで、地域の多様性というものが失われているのではないでしょうか。ひいては、地域自体の衰退化も危惧されます。地域文化、そして地域の食文化はその土地のアイデンティティ存続に大きく寄与するのではないかと思っています。今後も地域アイデンティティと食文化という視点に注目し活動していきたいと思います。
Text by Choji Gobaru
Photograph by e on Unsplash
同志社大学 経済学部教授
シンクタンク勤務、英国ウォーリック大学文化政策研究センターリサーチフェローを経て現職。PhD(文化政策学、英ウォーリック大学)、MSc, LLM(いずれもロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)。専門は、文化経済学、文化政策論、コンテンツ産業論、企業の社会的責任論など。著書に『コンテンツ産業論』、共著に『変貌する日本のコンテンツ産業』『新時代のミュージアム』『イギリス映画と文化政策』『グローバル化する文化政策』『Film Policy in a Globalized Cultural Economy』『Asian Cultural Flows』など。文化経済学会元会長、国際文化政策学会学術委員、文化審議会委員、同文化政策部会部会長、同無形文化遺産部会委員などを歴任。
シンクタンク勤務、英国ウォーリック大学文化政策研究センターリサーチフェローを経て現職。PhD(文化政策学、英ウォーリック大学)、MSc, LLM(いずれもロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)。専門は、文化経済学、文化政策論、コンテンツ産業論、企業の社会的責任論など。著書に『コンテンツ産業論』、共著に『変貌する日本のコンテンツ産業』『新時代のミュージアム』『イギリス映画と文化政策』『グローバル化する文化政策』『Film Policy in a Globalized Cultural Economy』『Asian Cultural Flows』など。文化経済学会元会長、国際文化政策学会学術委員、文化審議会委員、同文化政策部会部会長、同無形文化遺産部会委員などを歴任。
電通総研 プロデューサー/研究員
1990年、大分県日田市生まれ。中央大学商学部卒業後、2013年、株式会社電通九州に入社。福岡本社営業局、北九州支社を経て、2022年4月より電通総研。各種調査のほか、「地域」「メディア」「持続可能な食文化」などをテーマに活動。
1990年、大分県日田市生まれ。中央大学商学部卒業後、2013年、株式会社電通九州に入社。福岡本社営業局、北九州支社を経て、2022年4月より電通総研。各種調査のほか、「地域」「メディア」「持続可能な食文化」などをテーマに活動。