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「クオリティ・オブ・ソサエティ」レポート
こちらは2023年までの電通総研が公開した調査関連のレポートです。過去のレポート記事は、以下のリンクからご覧いただけます。毎年掲げるテーマに即した、有識者との対談、調査結果、海外事例、キーワードなどがまとめられています。
クオリティ・オブ・ソサエティ2024
AIは創造性を拡張するのか

AIが自然言語を操り、絵画を描き、音楽をつくる今、「人間とは何か?」という問いが私たちに向けられています。AIの進化に対しては、大きな懸念が存在します。AIによる労働の自動化により私たちの仕事が奪われてしまうのではないかという経済面での懸念と、人間らしい時間が失われるのではないかという文化面での懸念です。

しかしAIの進化を、新たな仕事の創出、または人間が本来やりたかった創造的な作業に集中できるようになるという観点から見ることも重要です。創造性を高めるツールとしてAIと向き合い続けている徳井直生さんに話を伺いました。


聞き手:川村 健一、中川 真由美

音楽、そしてAIとの出会いと感動の瞬間

2001年の学生当時、クラスメイトにDJがいました。それがきっかけでDJに興味をもち、徐々にDJにのめり込んでいきました。とはいえ、音楽に関しては小学生の頃にピアノを習った程度。楽譜も読めない、楽器も弾けない状態でした。どうすれば自分ならではのスタイルを確立できるのだろうかと考えました。理論や技術は伴わないものの、もともと音楽を聴くのは好きで、音を聴き分ける力には自信がありました。そこで、当時研究していたAIで音楽をつくる点に着目しました。

大学院での研究テーマは修士課程では「AIのアルゴリズムの研究」。博士課程では「創造性の拡張のための人とAIのインタラクションの設計」でした。当時のAIは今のような大規模なものではなく、できることも限られていました。当時、音楽ジャンルでのAIの研究といえば、音楽理論をルール化していく方法が一般的でしたが、私はバックグラウンドがDJですから、自分がかけたい音を出すにはどうすればよいのかと考え、別のアプローチに着目しました。AIにリズムを生成させたのです。

当時から研究者とアーティスト、二つの顔をもって活動しています。研究者としての課題はAIやコンピュータを使って創造性をどう拡張するのか。アーティストとしては音楽活動です。この二つの側面があるからこそ、テクノロジーとアートの両面からアプローチすることで、AIと人の関係をより深く考えられると自負しています。

私が思うAIの強みは、予測可能性と予測不可能性の微妙なバランスにあります。ランダムでもなく、それでいて予定調和なわけでもない。既知の領域の半歩外側といった適度な逸脱を生み出せること、逸脱の程度を比較的コントロールしやすいことがAIの強みだと考えています。AIは「人工知能(Artificial Intelligence)」の略として使われることが一般的ですが、私にとってのAIは「エイリアンの知能(Alien Intelligence)」です。固定観念にとらわれない、人のロジックとは少し違う、ある種の異質性を提供してくれるからです。

自分が想像していなかった音が生まれた瞬間に立ち会うと、鳥肌の立つような感動があります。予測不可能性が、悪く転ぶ場合もありますが、そんな緊張感もDJの現場をさらに熱い体験にしてくれています。

https://youtu.be/6OS_Hlg7BMk
音響合成AIを使ったDJパフォーマンスをおこなう徳井氏

根源的な感情で、新しい表現を拾い上げる

大量のデータを学習してパターンを抽出し、再生産するのが今の主流ともいえるAIです。目的は効率化や最適化で、結果として「こんなに簡単につくれる」「人手を減らせる」「すぐに利益を出す」という議論に偏っています。これは、文化の担い手、クリエイターの側に寄り添っているようでいて、実際はそうしたクリエイターたちの創作物を「使う側の論理」です。

「文化をつくる」「多様性を高める」「オルタナティブな何かをつくる」「労働者の環境をよくする」――このような議論が出てこないのはなぜでしょうか?今無いものを生み出すという「作り手側の論理」も忘れてはいけないように感じています。

創作物を「コンテンツ」と呼び、使う側の論理で考えると、AIを使って手軽に音楽をつくれるようなモデルが注目されます。このようなモデルは今までつくられたものをベースにしているので、システムとしては巨大で、汎用性が高くなります。しかしここから生み出される音は、いうなれば最大公約数の音楽です。今後、そのような音楽が増えてくると、音楽に多様性が失われ、新しい音楽や表現が生まれなくなっていくでしょう。

もともと、アーティストは自分のスタイルをつくりたいという衝動で動いています。AIと向き合うにしても自分なりのAIモデルをつくりたい。そのようなモデルは小規模なことが多く、汎用性の面では巨大なモデルには明らかに劣ります。ただし、だからこそ、常識から外れたものが出てくる。それこそが大事なのです。

今までに無い音楽をつくるには、面白いと感じることを見極める力が必要です。これは、新しい音が生まれる瞬間をエラーとして切り捨てるのではなく、拾い上げる感覚といえると思います。幸いにも、私たち人間には身体性があります。「心地よく感じる」「涙が出てくる」「感動する」――そういう根源的な感情が人間には備わっています。

使う側の論理に偏り、最大公約数にばかり目がいく今だからこそ、オルタナティブな価値を拾い上げる力が必要なのではないでしょうか。

身体的な創造性

私が手がけているサービスの一つにNeutoneがあります。Neutoneは、AIによる音響処理・音響合成のモデルをホストするオーディオ・プラグインです。用途としてはエフェクト、音響分離の二つがあります。

先日、障がいのある人のアート活動やものづくりを支援している奈良県の福祉施設でNeutoneを使ったワークショップをおこないました。このワークショップでは音楽って何だろうというレベルから音を見つめ直していきました。参加者の皆さんは、あれも音だ、これも音だとグループで話し合いながら音を集めていき、その後、集めた音にNeutoneで音色変換のエフェクトをかけていきました。音楽というと難しく感じがちですが、音は偶発的に出たものでも、音楽的要素があれば音楽といえます。音と音楽の境界が曖昧であることを知り、皆さん非常に盛り上がっていました。

実は、以前にもテキストを打ち込むことで、自由に画像をつくってもらう生成AIを活用したワークショップも開催したのですが、Neutoneの方がはるかに盛り上がりました。この差は、体験としての抽象度と、自分の行為と出力の結果の距離の差にあるのだろうと思っています。テキストから画像を生成する生成AIの場合、いくら自分がテキストを考えたとしても、自分でつくったという実感は得られにくいのではないかと思います。それに対して、マイクで身近な音を拾い、音色変換のエフェクトをかけると、音がいつの間にか音楽になるというわかりやすさが皆さんに響いたのでしょう。身体的な創造性を再発見した経験でした。

目標は新しい「楽器」をつくること

TR-808とSL-1200というハードウエア※1をご存じでしょうか? 共に音楽シーンに多大な影響を与え、ヒップホップをはじめとした新しい音楽ジャンルの誕生に寄与した、日本で生まれた楽器です。

私の目標は、AI時代のTR-808、SL-1200を再び日本発で生み出すこと。2021年に社内プロジェクトとしてスタートしたNeutoneは、今では1000名を超えるメンバーが属するコミュニティに成長しました。文化をつくるというと個人の力でできることは限られていますが、Neutoneのようなサービス、コミュニティならできると考えています。生成AIという名のオートメーション技術が幅を利かす中で、私たちの社会・文化にとって本質的に意味のあるAIの使い方はどうあるべきか、国内外のアーティストと共に探求していきます。

Text by Ken-ichi Kawamura
Photographs by Hirokazu Shirato

※1 TR-808はエレクトロニック・ダンス・ミュージックの創造に寄与したドラムマシン。SL-1200はDJ文化拡大に寄与したターンテーブル。



徳井 直生 とくい・なお

アーティスト/DJ/研究者

1976年生まれ。東京大学工学系研究科博士課程修了。慶應義塾大学特別招聘准教授。AIを用いた人間の創造性の拡張を研究と作品制作の両面から模索。AI研究者やアーティストからなるQosmoを2009年から率いるほか、AI技術に基づく新しい楽器を開発するNeutoneを2023年に設立。2023年末に初の英語での単著、『Surfing human creativity with AI』の刊行を予定している。

1976年生まれ。東京大学工学系研究科博士課程修了。慶應義塾大学特別招聘准教授。AIを用いた人間の創造性の拡張を研究と作品制作の両面から模索。AI研究者やアーティストからなるQosmoを2009年から率いるほか、AI技術に基づく新しい楽器を開発するNeutoneを2023年に設立。2023年末に初の英語での単著、『Surfing human creativity with AI』の刊行を予定している。

川村健一 かわむら・けんいち

電通総研 プロデューサー/研究員

埼玉県生まれ。2023年1月より電通総研。クリエイティブディレクター、クリエイティブテクノロジスト、アートディレクター、デザイナー、ビジュアルアーティスト等のキャリアを活かし、「アート」「イノベーション」「次世代」などをテーマに活動。著書に『ビジュアルクリエイターのためのTOUCHDESIGNERバイブル』(2020年、誠文堂新光社)がある。

埼玉県生まれ。2023年1月より電通総研。クリエイティブディレクター、クリエイティブテクノロジスト、アートディレクター、デザイナー、ビジュアルアーティスト等のキャリアを活かし、「アート」「イノベーション」「次世代」などをテーマに活動。著書に『ビジュアルクリエイターのためのTOUCHDESIGNERバイブル』(2020年、誠文堂新光社)がある。

中川真由美 なかがわ・まゆみ

電通総研 チーフプロデューサー/主任研究員

徳島県生まれ。2002年株式会社電通に入社し、マーケティング、イベント、PR、ビジネスプロデュースなどの領域を担当。2023年より電通総研。人間科学的アプローチから、主にDEI、学びなどを研究する。

徳島県生まれ。2002年株式会社電通に入社し、マーケティング、イベント、PR、ビジネスプロデュースなどの領域を担当。2023年より電通総研。人間科学的アプローチから、主にDEI、学びなどを研究する。