【平和博氏】私たちは人間中心のAI社会に向かっているのか?
最後に桜美林大学リベラルアーツ学群教授の平和博氏より、ジャーナリストの視点から話していただきます。
おふたりの話をひっくり返すようになりますが、私からは「AIと民主主義」というテーマでお話ししたいと思います。
果たして、私たちは「人間中心のAI社会」に向かっているのでしょうか?
2019年春には内閣府の有識者会議が「人間中心のAI社会原則」を発表していますし、EUの専門家会議でも「human-centric AI」というキャッチフレーズが掲げられました。世界的にも、AIの活用においては「人間が中心」であることが大きな柱になっています。でも、現実はどうでしょう?
今後AIの進展によって影響を受け、かつ、その重要性が高いものとしては、データプライバシー、サイバーアタック、監視社会、情報操作などが挙げられます。そして、すでにこうした懸念が現実になったケースが頻発しています。
例えば、2016年のアメリカ大統領選において、Facebookから抜き取られた8700万人のユーザーデータをAIで分析し、これをトランプ陣営が選挙戦に利用したといわれています。さらにロシア政府もその同じデータを使って大統領選に介入し、激戦区で議論が分かれるようなマイクロターゲティング広告※2を打ったのではないかという疑惑が指摘され、問題となりました。これらのケースでは、民主主義への介入にAIが使われた可能性があるわけです。
また、AIを使ったフェイク動画「ディープフェイクス」も近年急増しています。猥褻な動画に著名人の顔画像を貼りつけ、本人の動画のように見せかけるもので、2017年秋頃に登場しました。こうした動画は対立する政治家やジャーナリストを攻撃する手段として政治利用もされており、AIを使った組織的なプロパガンダは今や世界各地で行われています。
自動運転車による死亡事故も発生しています。アリゾナ州では、実証実験中のUberの自動運転車が、車道を横断中の歩行者をはねた事故が世界に衝撃を与えました。驚くべきことに、搭載されていたAIは最後まで歩行者を人間と認識できませんでした。横断歩道の外に人がいることが、そもそも想定されていなかったことがその原因です。さらに、乗車していたドライバーは事故当時、車内でネット動画を見ていたことが明らかになっています。
AIの活用が進む中国では、AI、ビッグデータ、センシング技術を盛り込んだ監視ネットワークを使って、新疆ウイグル自治区で継続的に弾圧が行われているとの指摘がありました。国際調査報道ジャーナリスト連合が中国当局の内部文書を示してそのように指摘しました。
AIやデジタルは社会を前進させる方向にも活用できますが、このようにネガティブな方向に影響を与える可能性もあり、未来への不安を持ち始めた人々がいます。
Uber車の死亡事故が起きたアリゾナ州の隣の市では、Waymo※3による自動運転車の実証実験に対して、地元住民による抗議活動が発生。住民たちは実験車を銃で威嚇したり、タイヤをパンクさせたりといった妨害を繰り返しました。いわば「自分たちを未来へせき立てるな」というメッセージです。
「人間中心」ではなく、AI社会から人間が置き去りにされ始めてはいないか。こうした事例からは、そう感じてなりません。