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「クオリティ・オブ・ソサエティ」レポート
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毎年掲げるテーマに即した、有識者との対談、調査結果、海外事例、キーワードなどがまとめられています。
坪井大輔氏
ブロックチェーンで社会課題解決と新たな価値創造が可能になる
ブロックチェーンを用いて地域課題の解決に取り組むなど、多彩なアプローチでブロックチェーン活用の可能性を探る「ブロックチェーンの思想家」こと坪井大輔氏にインタビューを実施。言葉ばかりが先行しがちなブロックチェーンについて「いったい何ができるのか?」と尋ねると、身近な生活課題の解決から新たな社会システムや経済圏の構築まで、さまざまな可能性が見えてきました。

聞き手:有園雄一氏
2020.02.13

# ブロックチェーン

# 地域課題

# P2P

# SDGs


インタビューを受ける坪井大輔氏の写真

課題先進国・日本にはブロックチェーンが必要だ

2020年は日本でも本格的に5Gサービスがスタートします。IT化が進み未来が語られる一方で、「高齢化」「過疎」といった地域の課題は取り残されている印象です。そうした中、北海道を拠点にブロックチェーンを使って地域課題に取り組んでいる坪井さんに「なぜ北海道なのか?」「ブロックチェーンに何ができるのか?」をお聞きしたいと思います。

坪井さんは常日頃「ブロックチェーンで世界をアップデートする」とおっしゃられていますよね?

ええ、まずは「なぜ北海道なのか?」からお話ししましょう。
「少子化」と「高齢化」、それに伴う「人口減」は、世界の先進国が抱える共通の課題です。日本はその進行が速く、世界に先駆けてこの課題解決にトライしていかなければなりません。中でも北海道というエリアは、土地の広さもあり、過疎化がすでに深刻化している。つまり北海道は、日本が、そして世界が向き合う課題の先端の地なのです。

一方で、ITインフラの拡充から後れを取り「発展していない」と思われる地方の方が、逆に先進的な技術を取り入れやすい側面もある。北海道でのトライをベースとしたユースケースは、日本をはじめとする先進国、さらには発展途上の国にも応用できます。僕は、北海道で生まれるブロックチェーンのソリューションによって、世界をアップデートできると考えています。

課題へのアプローチが、なぜブロックチェーンなのですか? 「ブロックチェーン」という言葉からは2017年のビットコインバブルを連想し、自分と無縁のものと考える人も多いでしょう。

現在、私たちのコミュニケーションは、ビジネスもプライベートも、多くがインターネットを介して常時オンライン上で行われています。しかし、高齢者を中心とした多くの人々(日本では全体の3〜4割)がまだオフラインの状態です。

そのオフラインの人々が抱えるさまざまな課題にアプローチする有効な手法が、実はブロックチェーンなのです。

インタビューを受ける坪井大輔氏の写真

自律分散型社会と相性が良いブロックチェーン

具体的な手法の話の前に「ブロックチェーン」について少し説明をお願いします。

ブロックチェーンの位置付けを理解するために、ここ10年ほどの間にIT業界で話題になった4つのキーワード「IoT」「クラウド」「AI」「ブロックチェーン」を振り返ってみましょう。最初の3つは人々の行動や生活に伴う大量のデータを「どうやって集め」(IoT)、「どこに蓄積し」(クラウド)、「どう分析するのか」(AI)のための手法です。これらはデータを1カ所に集めてそれを管理するものであり、国や大きな組織など「中央集権的」な構造を持つ社会との相性がいい。「GAFA」はこうした技術を最適化したビジネスの成功例と言えるでしょう。

ブロックチェーンは、それらと何か違うのでしょうか?

実はブロックチェーンだけが、「分散型」の技術なんです。今の中央集権型の社会や企業にはまだ合わない側面がありますが、これから訪れる自律分散型社会への移行にともなって、未来はブロックチェーンの時代になると考えています。そして、デジタル通貨やGDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)など、自律分散型社会の芽はすでに現れ始めています。

また、ブロックチェーンは、既存の4つの技術※1が組み合わさったものというのが僕の考えです。それは「暗号化技術」「コンセンサスアルゴリズム」「P2P(ピア・トゥ・ピア)」「DLT(分散型台帳技術)」です。

「IoT」「クラウド」「AI」が、「多くのデータを1カ所で利活用する」という同じ目的であるのに対し、ブロックチェーンは多様な課題に対して、4つの技術のどこに重みを置いて、どう組み合わせていくのかを考え、対応していくものです。僕はこれを「文脈で考える」と言っています。ブロックチェーンでは、文脈によって解決できることが変わってくるのです。

※1 ブロックチェーンの4つの技術
①暗号化技術:取引の記録を暗号化する技術。
②コンセンサスアルゴリズム:参加者全員から合意を得る合意形成の技術。
③P2P:データを1カ所で管理せず、参加者全員で共有する技術。
④DLT(分散型台帳技術):取引の記録を参加者全員で共有し、改ざんを防ぐ技術。

【実証実験】貨幣経済にはできないことに挑む

実際にブロックチェーンを用いた地域課題への取り組みの事例をご紹介ください。

次の図は、2019年8月19日から30日にかけて、北海道・厚沢部町(あっさぶちょう)で実施した実証実験の概要です。住民は町内のスーパーや役場、郵便局などの施設を利用することで、アプリにためられる「コイン(地域通貨)」を獲得。それを町が運営する移送サービス(電気自動車タクシー)の利用に使うことができるというものです。

交通インフラとエネルギーの課題への取り組んだ事例 写真
出所:坪井氏提供「ブロックチェーン羅針盤講演資料」より一部抜粋して作成

厚沢部町にはどのような課題があったのでしょうか?

北海道厚沢部町の人口は4000人を割り込み、過疎化と高齢化が進んでいます。主要な交通インフラは1日5本のバスだけ。住民の日常生活の足の確保が町の課題となっていました。

そこで私たちは、次のソリューションを考えました。

  • 広い未利用地を活用して太陽光で発電。
  • 太陽光エネルギーを使い、地元住民に電気自動車サービスを提供。

ここまでは「税金で公共の交通インフラを整備する」という文脈です。町ではすでに「小学校の登下校」「介護施設への送迎」など目的を限定した交通インフラが運営されていました。ブロックチェーンは、さらに「その先」の可能性を生みだしたのです。

  • 電気自動車の利用には専用の「コイン」を使う。
  • 「コイン」は、住民の地域施設の利用に対して配布する。

この「コインのやりとり」の部分にブロックチェーンを使っています。

ブロックチェーンの活用はソリューションのすべてではなく、一部なのですね。

ええ、ブロックチェーンとは、既存の社会や既存の技術にとって代わるものではなく、「プラス」することでさまざまな課題解決に応用できる技術です。やりとりされるコインがお金の代わりになるのではなく、貨幣経済にはできないことを実現するというのが僕の考えです。

インタビューを受ける坪井大輔氏の写真

貨幣経済にはできないこととは?

貨幣経済だけの視点で見れば、過疎の町で交通インフラを整備するのは「負け」のビジネスです。しかし社会は「勝ち」のビジネス追求だけでは成り立ちません。貨幣経済だけでは回らなくなった地域社会に、豊かさを生み出すために異なる経済の歯車をプラスする。その手法がブロックチェーンを用いたコインの発行なのです。

このプロジェクトを実際の運用で考えた場合、「発電」「移送車の運用」「コインの発行」の主体は自治体であり、原資は税金です。それにより住民は移動手段を得られるだけでなく、サービスを利用するために町内で活動するため、住民間にコミュニケーションが生まれます。これだけでも大きな変化ですが、実証実験ではさらなる効果も確認できました。

厚沢部町の課題の一つに、お金が隣町に流れてしまうということがありました。多くの住民がアクセスの悪い町内の病院に行かず、送迎バスのある隣町の病院に通い、隣町のスーパーで買い物をしていたのです。しかし今回の「コイン」利用は町内限定ですから、サービスを利用して町内の病院に行く→町内スーパーを使うというふうに、地域経済が回りだしたのです。試算では、交通インフラの整備に使われる税金を上回る経済効果がありました。

地域の商品券やポイントと今回のコインとはどう違うのでしょうか?

商品券やポイントは既存の貨幣経済の代替物ですから、個々人の経済力がそのまま反映されます。一方、コインは「必要とする人」「必要とする場面」に対して発行量を自由にコントロールできるため、例えば通院のために乗車機会が多い人には多くのコインを発行するというようなことができます。

ブロックチェーンの活用は、現代の仕組みの中で社会課題に直面している人々がベースです。貨幣経済における「勝ち」を基準にしたビジネス課題なら「IoT」「クラウド」「AI」などの技術を使った課題解決が有効。しかし、未来に目を向けるなら、今からブロックチェーンの利活用を考えるべきです。ブロックチェーンは、現状の課題に目を向けつつも、常に未来の価値の創造について語られるものなのです。

インタビューを受ける坪井大輔氏の写真

すべての家庭のテレビがブロックチェーンでつながる

お話しいただいた「移送サービス」の事例では、スマートフォンを持たない人にはICカードによるコイン管理と、電話での利用申し込みを受け付ける仕組みになっているそうですね。

ええ、冒頭でも述べましたが、まだ地域にはスマートフォンを使っていない人が多くいます。僕が一番注目しているのはテレビ。ほぼすべての家庭にあり、誰もが使えるテレビは、実は情報を送受信できる優れたデバイスなのです。そこで今は、このテレビとブロックチェーンの「融合」を考えています。理論上は将来、国内で販売されるすべてのテレビでインターネットを介してブロックチェーンのネットワークに参加することが可能であり、それは技術面でも確認済みです。

具体的な活用案はありますか?

やはり過疎地域の課題に関連するものです。近年多発している自然災害に目を向けると、高齢者の逃げ遅れが多い。メールで避難勧告をするといってもオフラインの人には届きません。しかし、テレビをブロックチェーンにつなげれば、次の対策が可能になります。

  • 地震や災害の発生時に、テレビ画面に避難情報を表示。住民は避難行動の有無を、テレビを通して返事できる。
  • ブロックチェーンでつながった全員が、誰が反応したか、していないかを確認できる。
  • それを見た行政や近隣の人が避難のサポートを行う。

これは相互に確認し合うことができるブロックチェーンならではの災害対策です。さらにこのサポート行動に、先ほどのコインの発行を加えてもいいのではないかと考えています。

実際に避難をサポートしたらコインが入る。躊躇することなく命を守る行動を取る上で、背中を押してくれるものとしてのコインの価値を感じますね。

僕が今語っていることは、あくまでもアイデアです。ブロックチェーンを使ったオープンイノベーションを提案しているのです。それを誰がどうやって実用化するかは、その先の話です。自治体が地域振興に使うのであれば、それは税の有効活用となり納税者に利益が還元されることになる。地域活性化のマネタイズ・モデルと言ってもいいでしょう。

インタビューを受ける坪井大輔氏の写真

ブロックチェーンは、やりがいや達成感をつくる

ではここで、あらためて最初の質問に戻りたいと思います。結局、ブロックチェーンに何ができるのでしょうか?

ブロックチェーンの最終的な姿は、社会インフラだと考えています。インフラは社会の土台です。その上に経済が成立し、さまざまなマネタイズ・モデルが競い合い、サービスが展開される。ですからインフラとしてのブロックチェーンが構築されていない状況で、ブロックチェーンを用いたサービスの開発に腐心しても良い結果は望めません。

ブロックチェーンの構築に必要なのは、人々の理解です。中央集権やオンラインでは見えないもの、現代の貨幣経済では解決し得ない課題……それらの解決に必要なものとしてブロックチェーンを理解したとき、多くの企業や自治体が取り組んでいる「SDGs※2」との親和性の高さに気付くことでしょう。

かつて人々は、会社や組織に所属することで、労働の対価としての「報酬」だけでなく、コミュニティにおける「社会参加や承認の欲求充足」も得ていました。しかし仕事が分業化して会社の内外に広がっていく過程で、会社から得られるものは「報酬」だけになりました。今日では、人々が求める「社会的欲求や承認欲求」は、会社とは別のコミュニティに求める必要が出てきたのです。

SNSの発展による、新たなコミュニティ空間の広がりがその欲求を受け止めることになったと考えられますね。

ええ、しかしSNSだけではなかなか達成感は得られないものです。そこで広がったのがクラウドファンディング。誰かのやりがいに、他人ごとだけれども自分もお金を提供することで、一緒にやっている気分や達成感を味わうことが可能になりました。ただしクラウドファンディングは、既存の貨幣経済の枠組みを使った価値のやりとりです。明確な予算と投資への見返りの提示が必要です。

一方、ブロックチェーンは「みんなが並列に結び付き、助け合う世の中」をつくります。そしてそれ自体が、今の社会が持つ課題の解決につながるのです。

僕はブロックチェーンを活用して、コミュニケーションを軸としたインフラをつくることで、人々が必要としている欲求を叶えるコミュニティがつくれると考えています。ブロックチェーンは、人の「やりがい」や「達成感」が得られる、未来の場所をつくりだすものなのです。

※2 SDGs(持続可能な開発目標)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された国際目標。

Text by Yuji Shiozawa
Photographs by Masaharu Hatta



坪井大輔 つぼい・だいすけ

株式会社INDETAIL代表取締役 CEO

1977年生まれ。小樽商科大学大学院アントレプレナーシップ専攻MBA取得。北海道科学大学客員教授、ベンチャー企業社外取締役、(一社)ブロックチェーン北海道イノベーションプログラム(BHIP)代表理事も務める。シリアルアントレプレナーとして事業売却を多数経験。16年よりブロックチェーンの取り組みを開始。実証実験などのユースケースを築き上げる一方、啓蒙活動として年間20以上の講演を全国で行う。最近ではトークンコミュニティとオンラインサロンの親和性に着目し「ONSALO」というオンラインサロン事業を開始。また自らもオンラインゼミ「DETAIL ZERO」を開講。著書には『WHY BLOCKCHAIN なぜ、ブロクチェーンなのか』(翔泳社)などがある。

1977年生まれ。小樽商科大学大学院アントレプレナーシップ専攻MBA取得。北海道科学大学客員教授、ベンチャー企業社外取締役、(一社)ブロックチェーン北海道イノベーションプログラム(BHIP)代表理事も務める。シリアルアントレプレナーとして事業売却を多数経験。16年よりブロックチェーンの取り組みを開始。実証実験などのユースケースを築き上げる一方、啓蒙活動として年間20以上の講演を全国で行う。最近ではトークンコミュニティとオンラインサロンの親和性に着目し「ONSALO」というオンラインサロン事業を開始。また自らもオンラインゼミ「DETAIL ZERO」を開講。著書には『WHY BLOCKCHAIN なぜ、ブロクチェーンなのか』(翔泳社)などがある。