【実証実験】貨幣経済にはできないことに挑む
実際にブロックチェーンを用いた地域課題への取り組みの事例をご紹介ください。
次の図は、2019年8月19日から30日にかけて、北海道・厚沢部町(あっさぶちょう)で実施した実証実験の概要です。住民は町内のスーパーや役場、郵便局などの施設を利用することで、アプリにためられる「コイン(地域通貨)」を獲得。それを町が運営する移送サービス(電気自動車タクシー)の利用に使うことができるというものです。
出所:坪井氏提供「ブロックチェーン羅針盤講演資料」より一部抜粋して作成
厚沢部町にはどのような課題があったのでしょうか?
北海道厚沢部町の人口は4000人を割り込み、過疎化と高齢化が進んでいます。主要な交通インフラは1日5本のバスだけ。住民の日常生活の足の確保が町の課題となっていました。
そこで私たちは、次のソリューションを考えました。
広い未利用地を活用して太陽光で発電。
太陽光エネルギーを使い、地元住民に電気自動車サービスを提供。
ここまでは「税金で公共の交通インフラを整備する」という文脈です。町ではすでに「小学校の登下校」「介護施設への送迎」など目的を限定した交通インフラが運営されていました。ブロックチェーンは、さらに「その先」の可能性を生みだしたのです。
電気自動車の利用には専用の「コイン」を使う。
「コイン」は、住民の地域施設の利用に対して配布する。
この「コインのやりとり」の部分にブロックチェーンを使っています。
ブロックチェーンの活用はソリューションのすべてではなく、一部なのですね。
ええ、ブロックチェーンとは、既存の社会や既存の技術にとって代わるものではなく、「プラス」することでさまざまな課題解決に応用できる技術です。やりとりされるコインがお金の代わりになるのではなく、貨幣経済にはできないことを実現するというのが僕の考えです。
貨幣経済にはできないこととは?
貨幣経済だけの視点で見れば、過疎の町で交通インフラを整備するのは「負け」のビジネスです。しかし社会は「勝ち」のビジネス追求だけでは成り立ちません。貨幣経済だけでは回らなくなった地域社会に、豊かさを生み出すために異なる経済の歯車をプラスする。その手法がブロックチェーンを用いたコインの発行なのです。
このプロジェクトを実際の運用で考えた場合、「発電」「移送車の運用」「コインの発行」の主体は自治体であり、原資は税金です。それにより住民は移動手段を得られるだけでなく、サービスを利用するために町内で活動するため、住民間にコミュニケーションが生まれます。これだけでも大きな変化ですが、実証実験ではさらなる効果も確認できました。
厚沢部町の課題の一つに、お金が隣町に流れてしまうということがありました。多くの住民がアクセスの悪い町内の病院に行かず、送迎バスのある隣町の病院に通い、隣町のスーパーで買い物をしていたのです。しかし今回の「コイン」利用は町内限定ですから、サービスを利用して町内の病院に行く→町内スーパーを使うというふうに、地域経済が回りだしたのです。試算では、交通インフラの整備に使われる税金を上回る経済効果がありました。
地域の商品券やポイントと今回のコインとはどう違うのでしょうか?
商品券やポイントは既存の貨幣経済の代替物ですから、個々人の経済力がそのまま反映されます。一方、コインは「必要とする人」「必要とする場面」に対して発行量を自由にコントロールできるため、例えば通院のために乗車機会が多い人には多くのコインを発行するというようなことができます。
ブロックチェーンの活用は、現代の仕組みの中で社会課題に直面している人々がベースです。貨幣経済における「勝ち」を基準にしたビジネス課題なら「IoT」「クラウド」「AI」などの技術を使った課題解決が有効。しかし、未来に目を向けるなら、今からブロックチェーンの利活用を考えるべきです。ブロックチェーンは、現状の課題に目を向けつつも、常に未来の価値の創造について語られるものなのです。
②コンセンサスアルゴリズム:参加者全員から合意を得る合意形成の技術。
③P2P:データを1カ所で管理せず、参加者全員で共有する技術。
④DLT(分散型台帳技術):取引の記録を参加者全員で共有し、改ざんを防ぐ技術。