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「クオリティ・オブ・ソサエティ」レポート
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氏家夏彦氏
社会の質を上げていくために。これからのテレビを語ろう
いまなお、メディアの中心的な存在であり続けているテレビは、これからどこへ向かうのでしょうか? 長年、テレビ・メディア業界の最前線で活躍してきたメディア・コンサルタントの氏家夏彦氏に、「テレビの未来」について伺いました。

聞き手:有園雄一氏
2020.02.13

# テレビ

# 地域課題

# メディア

# 災害対策


氏家夏彦氏 写真

テレビ局の最重要課題は、社会のために「生き残る」こと

まず、テレビはどのような状況に置かれているのか、氏家さんの見解をお聞かせください。

日本のテレビ放送(商業放送)はいまから67年前の1953年にスタートし、それ以来、長きにわたりメディアの中心的存在の地位を確立してきました。2000年頃からインターネットが台頭し、いまテレビの存在意義が問われていると言っても過言ではありません。

しかし、テレビには都市部であれ、電波が届きにくい地域であれ、あまねく人々に情報や娯楽を届けるという公益性があります。特に高齢者の中には、「テレビが主たる情報源」という方も少なくありません。テレビが消滅すれば、大勢の人々の「生活の質」が低下してしまうのです。社会のために「生き残る」ことこそが、いまテレビに課せられている最大の使命ではないでしょうか。

では、テレビ局が生き残るためにはどうすればいいのでしょうか?

ひとくちにテレビ局といっても、その規模はさまざまです。例えば日本テレビ、テレビ朝日、フジテレビ、TBSの在京民放キー局4社それぞれの系列局があるエリア人口を比較した場合、最も規模が大きいのは関東圏1都6県の約4,320万人。反対に最も小規模なのは山形県の約110万人です。(平成29年10月時点の総務省統計局データ)

同じテレビ局でも、関東圏のキー局と地方のローカル局ではカバーすべき視聴者数に最大で約40倍近い違いがありますので、役割やできることも当然異なります。それぞれの役割を再検討し、すみ分けをした上で、これから社会のためにどうあるかを考えていくべきだと思います。

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テレビ局は「メディアサービス企業」に変わらなければいけない

キー局とローカル局はそれぞれどのようにすみ分ければいいのでしょうか。

広域の放送エリアを持つキー局や準キー局の強みは、やはり資金や人材など、放送局としての基盤が安定していることです。例えば、国際的なスポーツ大会の中継や連続ドラマなど、人とお金を必要とする大規模コンテンツの制作は、これからもキー局・準キー局の役割になるでしょう。ただし、単に良質なコンテンツをつくるだけでは、NetflixやAmazon prime videoなどの動画配信サイトのサービスと何ら変わりません。テレビ局ももっとネット上のサービスに力を入れ、「放送局」から「メディアサービス企業」に生まれ変わる必要があります。

そのひとつの例が、2015年に在京民放キー局5社が共同でスタートした動画配信サービス「TVer(ティーバー)」※1です。50年以上にわたって「視聴率」というパイを奪い合ってきたライバル同士が協力してネットサービスを立ち上げたことには、とても大きな意味があると思います。

「TVer」の仕組みは、私がTBSメディア総合研究所※2の代表を務めていたときにTBSの経営向けに書いた「全局による見逃し配信サービス」という提言がきっかけになったのだと思います。当時、大半の幹部は興味を示しませんでしたが、ただ一人「テレビはこのままではいけない。やるべきだ」と言ってくださったのが、当時TBSの会長であり、日本民間放送連盟の会長でもあった井上弘さんでした。井上さんの強烈なリーダーシップにより、当初の見込みより数年前倒しでサービスが実現しました。

このように、既存のテレビ局が新しい取り組みを行うには、経営のトップがリーダーシップを発揮して、グイグイと引っ張っていくことが必要です。過去の成功体験や他局とのライバル関係にとらわれているテレビ局員は少なくありませんが、トップが強いメッセージを発して、その目を覚まさせる必要があります。

※1 TVer(ティーバー)
ネット上の動画配信サービス。在京民放キー局5社(日本テレビ、テレビ朝日、TBS、フジテレビ、テレビ東京)の番組の見逃し配信を期間限定で行う。番組は広告付きで無料配信され、パソコン、スマートフォン、タブレット型端末などで視聴できる。
※2 TBSメディア総合研究所
東京放送ホールディングス(TBSHD)のシンクタンク。TBSが放送界で培った経験・知識・人脈を基に、デジタル時代のメディア環境を調査研究し、メディア経営の諸課題に対応する指針を提示している。
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災害時、本当に必要な情報はローカル局だけが発信できる

ではローカル局が向かうべき方向を教えてください。

昨年、台風19号が関東を直撃しました。そのとき、キー局の報道は、生中継やVTR取材、ツイッター情報など懸命に情報を伝えていましたが、避難等に関しては「命を守ることを最優先にしてください」という曖昧な警告しか出せませんでした。

しかし、一人ひとりの視聴者が知りたいのは、より具体的かつ自身とその家族に役立つ情報です。例えば、どこの川が氾濫したのか、しそうなのか、自分の住んでいる地区にどのくらい危険が迫っているのか、どこの避難所に行けばいいのか、避難所までの道は安全なのか…など。キー局は守備範囲があまりに広大で、全体状況を伝えることで手いっぱいです。しかしローカル局ならこうしたピンポイントの災害情報をリアルタイムで発信できます。

しかしローカル局は人も機材も限られているので、地域の隅々までスタッフを派遣して災害情報を届けるのは難しいのではないでしょうか。

普段から地域内で活動をしていて、その土地を熟知し、大雨の場合はどこが危ないのか、いざというとき避難所はどこに開設され、どこに行けばどんな情報が得られるのかを事前に調べておけば、「隅々」までスタッフを派遣する必要はないでしょう。現場近くの住人に電話やSNSで状況を聞く方法もあります。日常的に地域住人とコミュニケーションをとって信頼関係を築いておけば、住民から災害情報が寄せられるようになるかもしれません。

「地域と二人三脚の報道」は、視聴者との距離が近いローカル局にしかできないことだと思います。

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新たなビジネスモデルへの挑戦を

今後、テレビ局のビジネスはどうなるとお考えですか?

キー局は以前から不動産業や小売業、通販など、放送業以外にも多角的に事業を展開していますね。これはローカル局にも必要なことで、これからは電波料に頼らずローカル局でも実現可能な新しいビジネスモデルを模索することです。

例えばサガテレビでは、放送外事業部門を別会社化しました。従来は、売上の大きな放送事業の影響が強く、なかなか成果が出なかったそうです。別会社化によって様々な放送外事業が芽生え、成長して連結決算にも貢献しています。

またローカル発の新しいテレビ広告ビジネスも生まれつつあります。

     

例えば、北陸朝日放送はレシートポイントアプリ「CODE(コード)」を利用して、視聴データと購買データを連携しています。昨年7月には飲料メーカーの全国キャンペーンの際に、石川県でテレビCMとデジタル販促を連携したCODEを使ったローカルキャンペーンの実証実験を行ったそうです。するとキャンペーン前と比べ、全国では1.1倍のリフト効果でしたが、石川県ではなんと12倍という大きな効果があったそうです。しかも検証結果はキャンペーン終了後わずか2日後に判明するという早さで、高速PDCAの可能性も見えてきました。

それ以外にも、例えば北海道や九州には、地元の宿泊施設や観光施設、飲食店、土産物屋、あるいは自治体などから制作費をもらって、海外向けに地域情報番組を制作しているローカル局があります。その番組の効果でインバウンドが増加すれば、地域活性化につながるというわけです。

新しいビジネスに挑戦するローカル局がどんどん出てきてほしいですね。

本当にそうですね。「ビッグデータの活用」も重要です。ネットにつながるスマートテレビが普及したり、ネットで番組が配信されるようになると、視聴者のログデータが容易に収集できるようになります。ログデータと番組のメタデータ、購買データなどを組み合わせて分析すれば、企業のマーケティングや販促に役立てられます。データ会社にもよりますが、現在利用できる視聴ログのパネル数は全国で数十万にまで増えているので、細かくセグメントを分けても有効な結果が得られます。

例えば、「神奈川県に住む年収1000万円以上の男性で外車を所有している人はどんな番組をよく見るのか」、「渋谷に遊びにくる20代の男女はどんな番組を見るのか」などの調査もできるようになっています。こうしたビッグデータの活用は、広告主や広告会社だけでなく、テレビ局にとっても、これまで分からなかった番組の媒体価値を顕在化させ、営業に役立てたり、番組制作に反映させたり、ターゲティングを行って視聴者に番組をレコメンドしたりと、ユーザー体験(UX)の向上にもつながります。

以前、動画配信サービス「SHOWROOM」の前田裕二社長とお話しする機会があったのですが、前田社長は「ローカル局とコラボレーションすることは多くて、ローカルアイドルを育て、ローカル番組を出口にしたオーディションの成功例もたくさんあります」とおっしゃっていました。 ローカル局に興味があるIT企業はほかにもたくさんあると思いますから、そうした企業とコラボレーションすれば、さまざまなサービスが展開できると思います。例えば、「視聴するたびにポイントが貯まるアプリ」や「パーミッションを取った視聴ログデータに基づく、アイドルのイベントやグッズ情報の配信システム」などが考えられます。

またローカル局は放送エリア人口が少ない分、コミュニティが作りやすく、例えば広島カープというテーマだけで視聴者との強力なエンゲージメントが得られます。こうしたコミュニティづくりでは、スポーツはキラーコンテンツになります。プロ野球やJリーグだけでなく、さまざまなスポーツでローカル視聴者の共感を得ることができます。

ローカル局は小回りが利く分、新しいサービスに挑戦しやすいでしょうから、「メディアサービス企業化」はスムーズにいくはずです。ただし経営トップが時代の先を読み、正しい危機感を持ち、変化を恐れずむしろ率先して挑み、強力なリーダーシップを発揮することが必要です。企業を進化・成長させるためには、経営トップの役割が9割、そして社員の1割程度しかいないイノベーターに活躍の場を与えることが必要です。

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局の垣根を越えて

テレビ局のメディアサービス企業化を加速させるために必要なことは何でしょうか?

キー局の事例でも話しましたが、やはり局と局のコラボレーションだと思います。

2019年5月には愛知のローカル局4社が、「大規模災害発生時には空撮取材エリアを分担し、互いに生中継映像を共有する」という協定を結びましたね。各社ヘリコプターの数が限られているので、単独1社では全域を取材するのが大変なためです。それぞれ自局の担当エリアにリソースを集中できるので、結果的に報道の質も上がるのではないかと予想されます。

放送のコストについても議論の余地があります。近隣の複数の系列局で送出マスターを共同化するというアイデアは昔からありました。放送の送出系インフラに関しては、局を超えたり系列を超えたりする工夫と努力次第でコスト削減が可能だと思います。

最近、大手銀行はコスト削減のためにATMの共通化を進めていますが、それと同じです。視聴者にとってみれば、どんな経路で飛んできた電波なのかは全く関係がありませんし、そもそもテレビ番組が見られさえすれば放送だろうが通信だろうが関係ありません。

テレビ業界には「他局への対抗心がコンテンツの質を高めてきた」という側面もあります。しかし、もはや1局が提供できるサービスには限界があるし、インフラコストや販売管理費の削減も避けられません。他局とのコラボレーションを積極的に考えていった方がいいと思います。

最後に、改めて「テレビというメディアの価値」についてお聞かせください。

「信頼のおけるプロがつくったコンテンツであること」は絶対的な強みです。ネットの世界は玉石混淆で、フェイク情報もたくさんあります。コンテンツの質はネットよりもテレビの方がまだ断然優れています。

またネット広告にはアドフラウドの問題があり、なくなる気配がありません。その点、テレビ広告は厳密な審査を経て放送されているので信頼性ははるかに高い。さらに広告に対して、不快感を覚える人は、ネット広告に比べテレビ広告では半分以下、いかがわしいと感じる人も約6分の1です。(JIAA「インターネット広告に関するユーザー意識調査」2019.12.11発表)

日本の広告をCPM(Cost Per Mille:到達コスト)で見ると、実はテレビ広告はネット広告の3分の1近くという安さです。テレビ広告の視聴データを充実させ広告の費用対効果を顕在化し、個別にCM枠を購入できるようにしたり、購入から放送までの時間を短縮したりするなど、購入をやりやすくすれば、ネットに流れた広告費を取り戻すこともできるでしょう。こうした動きはすでに始まっていて、今後数年でテレビ広告のビジネスは大きく変わってゆくでしょう。

テレビの広告媒体価値を引き上げること、質が高く信頼できるコンテンツを、「ネットサービス」につなげていくこと。それこそが、いまテレビ局が向き合うべき課題です。

これまでテレビ番組の制作に携わる人たちは、「いかに良い番組、面白いコンテンツをつくるか」ということを中心に考えてきました。またテレビ広告のビジネスは半世紀以上もの間、変わらずにきました。しかしこれからは、視聴者に対しても広告主に対しても「ユーザー体験(UX)」ということを意識して、コンテンツやサービスをつくる必要があると思います。テレビは放送というよりサービスだと考えた途端、やらなければいけない課題はいくらでも出てきます。

「やっぱり、テレビはすごいね!」と多くの人に思ってもらえるように、テレビ局には失敗を恐れずに、新しいことにどんどんチャレンジしていってほしいと思います。

Text by Yoshiaki Aizawa
Photographs by Kazuya Sasaka



氏家夏彦 うじいえ・なつひこ

メディア・コンサルタント/放送批評懇談会機関誌GALAC副編集長

1979年TBS入社。報道、バラエティ、情報番組の制作部門を経て、デジタル部門責任者、経営企画局長、コンテンツ事業局長。その後、TBSメディア総合研究所社長、TBSテレビ・コンテンツ事業局長、TBSトライメディア社長、TBSディグネット社長を歴任。2017年よりメディア・コンサルタントとして活躍し、テレビ論、メディア論を積極的に発信している。

1979年TBS入社。報道、バラエティ、情報番組の制作部門を経て、デジタル部門責任者、経営企画局長、コンテンツ事業局長。その後、TBSメディア総合研究所社長、TBSテレビ・コンテンツ事業局長、TBSトライメディア社長、TBSディグネット社長を歴任。2017年よりメディア・コンサルタントとして活躍し、テレビ論、メディア論を積極的に発信している。