電通総研

藤井保文氏
アフターデジタルの時代
リアルに軸足を置くのは
もうやめよう
急速に社会のデジタル化が進む中国。一方、日本では、デジタル化を掲げながら十分な成果を出せていないケースが目立ちます。これに対し、『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』の主著者であるビービットの藤井保文氏は、「日本のデジタルトランスフォーメーションの立脚点が間違っているのでは」と問題提起します。その真意とは?

聞き手:有園雄一氏

藤井保文氏の写真

デジタルの世界にリアルが内包される

藤井さんは著書の中で、「アフターデジタル」という言葉を使って、OMO(=Online Merges with Offline)が浸透した社会を表現しています。まずは、「アフターデジタル」の概念について教えてください。

これまではリアルの世界が中心で、デジタルの世界が付加価値として広がっていました。企業と顧客の接点は、製品を販売するときが中心。店舗を利用しているお客さまが、たまにデジタルでも利用してくれるという状況です。これを「ビフォアデジタル」と表現しています。

しかし今、モバイルやセンサーが普及し、人々のあらゆる行動データを高頻度に取得できるようになり、デジタルの世界がリアルの世界を内包するようになりました。

お客さまはデジタルでの常時接続を前提として、たまにリアルの店舗にも来てくれる。つまり、完全なオフラインの状態は存在せず、デジタルが社会の基盤となり、リアルは顧客接点の一つのツールになる。このように、リアルとデジタルの主従がこれまでとは逆転している状況が「アフターデジタル」の世界です。

ビフォアデジタルとアフターデジタルの概念図
株式会社ビービット公開資料をもとに作成

アフターデジタルの現象が世界でも特に進んでいるのが中国です。買い物、飲食、移動など、これまでオフライン行動だったものがオンライン行動に変わり、あらゆる行動データが集まるようになりました。これによって、今まではなかった新しいサービスが生まれています。

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日本のDXの立脚点は間違っている

日本でもアフターデジタルの現象は起きていますか?

ええ、中国ほどではないにしても、純粋なオフラインはどんどんなくなってきています。皆さんも、ペイメントなどを通して実感し始めているのではないでしょうか?

しかし、中国と日本では異なる点があります。日本企業の多くはデジタルトランスフォーメーション (以下DX)を進めるにあたって、「リアルに軸足を置いて、デジタルを付加価値として捉えている」という点です。中国の事例を見ていると、「日本のDXの立脚点が間違っているのでは」という危機感を持たずにはいられません。

今後はオンラインの方が高頻度に顧客と接点を持ち、リアルはたまに、という構造が当たり前になります。だからといって、リアルが重要でなくなるという意味ではありません。リアルは感動を生む、絆を作るといった「レアな体験」を提供できる場所です。

ここから、中国の具体的な例を紹介しましょう。

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デジタルでつながる「NIO」の世界

中国の新興電気自動車メーカーでNIOという企業があります。

NIOには「NIO HOUSE」というショールームがあり、顧客向けのイベントを毎日開催しているんですね。訪れるのはNIOのビジョンに共感していて、生活水準が近い人々ばかり。そのため、すぐに友達になるんです。

しかしショールーム(リアル)は顧客同士がつながる場にすぎず、NIOと顧客との主なコミュニケーションはその後、デジタルで行われます。WeChatで「NIOのある生活」をテーマにしたコンテンツが配信され、コンテンツを拡散したらポイントがもらえます。そうしてたまったポイントはNIOグッズの購入などに使えます。

顧客は「NIOのある暮らし」を楽しみ、より多くの人に魅力を広めることで、自らのNIOライフを向上させていきます。
NIOのサービスはデジタルを中心としたNIOライフ。車(リアル)は、サービスの一部でしかないのです。

NIOのコンテンツを紹介する藤井氏の写真

これが日本企業の場合はどうでしょうか。ショールーム(リアル)は豪華だけど、顧客同士をつなげる(デジタル)、ということまでは想定していないケースが多いのではないでしょうか。たとえリアルの価値が高くても、これでは顧客との接点が生まれるのは購入時のみとなってしまいます。

デジタル化で進化する「おもてなし」

他に、中国で今起きている面白い事例はありますか。

中国の飲食店では、テーブルにQRコードが貼ってあって、スマホで読み取るとメニューが表示されて、注文、決済まで一気通貫でできるというのが、すでに当たり前になっています。だからといって接客を手抜きするわけではなく、分からないことは店員さんに聞けば丁寧に説明してくれます。

意外に思われるかもしれませんが、デジタル化によって「おもてなし」のレベルが上がっています。もはや、日本は中国に学ばないといけないレベルだと思いますね。

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この「おもてなしの向上」を実現した面白い例を紹介します。

日本でも展開を始めた「DiDi」という配車サービスがありますよね。DiDiでは配車料金に応じて4つのランクにタクシーが分かれています。上のランクになるにつれ、ドライバーが制服を着ていたり、水が出てきたりなどサービスの質が向上します。

ドライバーを評価するのは「行動データ」と「ユーザーボイス」の両方です。携帯のGPSを使ってスピードを見たり、ジャイロセンサーを使って急ブレーキ急発進などをしていないかを見たりすることで、運転品質を評価しています。単純なユーザーボイス評価も、前回のユーザー評価を踏まえてタクシーに乗車すると、アプリ上にランダムで「温度は適切ですか?」「臭いはしますか?」といった質問が表示されます。この質問は点数付けなどではなく、YES、NOで答える、シンプルで明快なもの。回答する負担がかからない仕組みになっています。

ドライバーが上のランクに上がるためには、高い評価を積み重ねて、試験を受ける必要があるため、何か指摘されるとすぐに改善するドライバーがほとんどです。

このように中国ではデジタルでハックすることで、サービスの品質がどんどん上がっています。監視社会という見方もありますが、一つひとつの行動データを活用することでサービスの品質が向上しているのは事実です。

中国で起きていることは、日本ではそのまま起きない

「日本のDXの立脚点が間違っている」という指摘がありましたが、日本が目指すべきアフターデジタルの社会とは、どのようなものだとお考えですか。

まず、中国で起きていることは、そのまま日本では起きないと思っています。日本と中国の違いを理解しておくことが重要です。

中国の場合は、もともとが「騙されたほうが負け」という考え方でした。良いことをする意味がなく、信頼関係が生まれない社会だったんです。だからデジタル化によって得られるものの価値がものすごく高い。
しかも、14億もの人がいるのでマスにアプローチができます。「10億人から100円稼ぐ」というビジネスモデルが成立するんです。

一方、日本は社会にそれほど大きな不満はなく、人口も1億程度。中国と同じようなアプローチはできません。

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以前、ある中国人からこんな話を聞きました。

「中国は給料が10倍になる可能性がある社会で、経済成長という軸に沿って文化が形成されているから、大きくメインストリームから外れた文化は生まれにくい。日本は給料が2倍になる可能性すら低く、すぐに天井にぶつかってしまう。そのためメインストリームにこだわらず、一人ひとりがいろいろな文化を選んで『自分らしい世界』を形成している」

これを聞いて、すごく面白いと思いました。日本の場合は個人が多様化し、マスがなくなってきています。となった場合、日本版のアフターデジタルの社会としてあり得るのは、「1000人から1000万円稼ぐ」という、濃い世界観を持った社会かなと。

テクノロジーで何が実現できるかは、もうみんなが分かっていて、企業が導入するのはもはやテンプレです。じゃあ何で差別化をするかというと、ユーザーが自由を獲得するためのカスタマージャーニー※1やユーザーエクスペリエンス(以下UX)を描くことだと思います。人々が何に苦痛を感じていて、何を見ないふりをしているのか。そこに改善できるポイントがあるはずです。

重要なのは、対象をせばめた濃いカスタマージャーニーをいくつも乱立させること。日本の場合は一つのジャーニーに縛られることはなく、「この瞬間においてのUXはこれ」という、つまみ食いのようなスタイルになっていくと考えられます。

ユーザーがその時々で自分に合ったUXを選べるようになれば、一人ひとりの「自己実現」が容易になると思うんです。例えば、自分のライフスタイルに合ったダイエットの成功や、家族にとっていい父親であるための方法などですね。

※1 カスタマージャーニー
顧客の行動を時系列で捉え、タッチポイント別のアプローチを検証するマーケティング手法。
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モノを売るだけの企業は生き残れない

UXというと「Web業界の人が考えるもの」というイメージがありますが、藤井さんが言うUXは「ユーザーに提供するあらゆる体験」のことですよね。

そうです。これまでもデジタルを取り入れることで効率化され、属性データを取るまではできていました。しかし、アフターデジタルの時代になると、オフラインがなくなり、高頻度で行動データを取れるようになります。そのため、「最適なタイミング」で、「ユーザーが必要としているもの」を、「欲しいと思う方法」で提供することが可能になりました。

提供するものは「商品」だけではありません。「記事」や「動画」だったり、時には「温かい言葉」かもしれません。

こうした中で、モノを売っているだけの企業は生き残れなくなってしまうでしょう。アフターデジタルの時代では、企業の勝負は「商品提供」から「体験提供」に変わります。ユーザーの体験をつなぎ合わせて寄り添っていくようなソリューションにならないと、ユーザーは使い続けてくれません。
そのため、UXを考えることそのものが、企業の生存戦略を考えることに直結します。

ただ、UXとテクノロジーの力は非常に強く、人の行動を一定の精度でコントロールすることが可能になり、悪用されるリスクが語られます。データの利活用で、この議論が最もよく見られていることは、周知の通りと思います。

ビービットが今注目し、重要と考えているのは「UXインテリジェンス」※2という考え方です。

これは、実用的には「得られた行動データはそのままマネタイズに使おうとするとユーザーから信任が得られず、かつ成功するケースも少ない。行動データをUXに還元していつも使われる魅力的なサービスにすることで、そこからビジネス成果を生み出していく」というものです。かつ倫理的にも、ユーザーにベネフィットを還元することを、UXとテクノロジーがけん引する時代の当たり前の倫理とすべき、という姿勢や知性を表しています。
僕たちビービットの想いとしては、豊かで、その人らしい生き方を獲得するために一番重要な要素がUXだと思っています。UXインテリジェンスというスタンダードを重視した上で、そういうサービス設計をしていきたいし、提案していきたいですね。

※2「UXインテリジェンス」
ビービットのホワイトペーパーに詳述

Text by Kayo Murakami
Photographs by Kohta Nunokawa



藤井保文 ふじい・やすふみ

株式会社ビービット 東アジア営業責任者

1984年生まれ。東京大学大学院 情報学環・学際情報学府 修士課程修了。2011年ビービットにコンサルタントとして入社し、金融、教育、ECなどさまざまな企業のデジタルUX改善を支援。2014年に台北支社、2017年から上海支社に勤務し、現在は現地の日系クライアントに対し、モノ指向企業からエクスペリエンス指向企業への変革を支援する「エクスペリエンス・デザイン・コンサルティング」を行っている。2019年3月に尾原和啓氏と共著で『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』(日経BP)を出版。FIN/SUMやG1経営者会議など「アフターデジタル」における講演活動も多数行っている。

1984年生まれ。東京大学大学院 情報学環・学際情報学府 修士課程修了。2011年ビービットにコンサルタントとして入社し、金融、教育、ECなどさまざまな企業のデジタルUX改善を支援。2014年に台北支社、2017年から上海支社に勤務し、現在は現地の日系クライアントに対し、モノ指向企業からエクスペリエンス指向企業への変革を支援する「エクスペリエンス・デザイン・コンサルティング」を行っている。2019年3月に尾原和啓氏と共著で『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』(日経BP)を出版。FIN/SUMやG1経営者会議など「アフターデジタル」における講演活動も多数行っている。