電通総研

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「クオリティ・オブ・ソサエティ」レポート
過去のレポート記事は、以下のリンクからご覧いただけます。
毎年掲げるテーマに即した、有識者との対談、調査結果、海外事例、キーワードなどがまとめられています。

自分ごと化の力
―「変革」に向けて―

電通総研 所長 徳山日出男

ほどほどの幸せ

 「ゆでガエル」、「失われた30年」。そして、「デジタル敗戦」、「コロナ敗戦」。
 こうした自虐的ワードをずっと口にしながら、私たちはまだ本気で変わろうとはしていません。
 格差や人口減少などいろいろな課題を抱えながらも、私たちは「ほどほどに幸せな国」を作ってきました。世界トップクラスの長寿社会、77年間戦争を知らない平和国家、勢いが衰えたとはいえ経済大国。電通総研の行った「世界価値観調査」(2019年)でも、「現在、あなたは幸せだと思いますか」という問いに対して「幸せ」と答えた人の割合は88.3%、77か国中36位※1。私たちは「ほどほどの幸せ」という居心地のよいぬるま湯に浸かっています。
 もともと私たちは安定が好きな国民のようです。「無事これ名馬」をよしとし、「大過なく勤め上げる」のにも価値があると考えます。実際のところ、上場企業の平均寿命(上場維持年数の平均値。2017年)は、米国15年、英国9年に対し、日本は89年と突出して長く(日本経済新聞)、企業存続は重要な価値とみなされています。安定・存続は日本人共通の価値観なのかもしれません。
 勝負に出るよりも、もう少しこのままでいたいという心理も無理はないところです。

※1 
出典:電通総研・池田謙一編著(2022)『日本人の考え方 世界の人の考え方Ⅱ』(p48)

頭ではわかっているが

 しかし、実のところ頭ではわかっているのです。頭の中は将来への不安であふれています。電通総研が2022年6月に行った「クオリティ・オブ・ソサエティ指標」では、「10年後の日本に不安があるか」という問いに対して、80.4%の人がそう思うと答えています※2。ずっとこのままでいられないことはわかっているのです。

※2 
出典:電通総研「クオリティ・オブ・ソサエティ指標」2022年6月、本文中では「不安がない」という質問に対して「そう思わない」と回答したものを「不安がある」としている。

 でも、まだどこか「他人ごと」なのです。「安全な暮らしには(個人よりも)国が責任を持つべき」に76.6%(77か国中5位)が賛成しています※3。そして、「『環境保護』と『経済成長』のどちらを優先するか」という問いに対して、日本で「環境保護を優先すべき」と答えた人は34.2%で77か国中74位。「わからない」と答えた人は32.6%で1位※4。

※3 
出典:電通総研(2019)「世界価値観調査」
※4 
出典:電通総研(2019)「世界価値観調査」

実際に「環境保護団体に加わり活動している」人は0.4%で48か国中46位です※5。(世界価値観調査
「環境保護」という価値の実現に向けて、「自分ごと」として取り組む覚悟もなければ行動にも至っていません。

※5 
出典:電通総研(2019)「世界価値観調査」

急速に高まる危機感

 ところが2022年、日本人の感じる将来への危機感に変化が生じています。なかなか収まらない新型コロナウイルス感染症に加え、頻発する自然災害、ウクライナへの軍事侵攻、挑発を強める中国や北朝鮮、円安と物価上昇、忍び寄る食糧危機などにより、頭では理解していた将来の危機が急速に現実味を帯びてきたのです。冷戦後の平和な世界秩序の中でぬるま湯に浸っていた時間は、そろそろ終わりを迎える時期がきているのかもしれません。
 日本人は安定に大きな価値を置いています。しかし、グローバルな条件がこれを許さないと認めたときから、急速に変革に舵を切る力も持っています。泰平の眠りをむさぼっていた幕末、黒船の到来を契機に危機を自分ごと化し、近代化に踏み出し、坂の上の雲を目指して登って行った。そういう歴史を持っています。
 現在高まっている危機感は、日本社会が変革に向かって舵を切る契機になるのでしょうか。


自分ごと化の力

 電通総研は、「よりよい社会」に近づくための知を生み出すことを存在意義と考えています。
 「よりよい」とは現状に滞留せず、もっとよい社会をめざすということ。1987年に電通総研の初代所長に就いた天谷直弘さんは「イナーシャにとらわれてはいけない」と、語られていました。イナーシャとは慣性のこと。「変革」を志すことは、電通総研の創設以来のDNAとして受け継がれてきています。
 このため、私たちは3つのRを進めています。「社会の曲がり角を少し早く発見すること(Research)」、「よりよい社会に向けて人々の気持ちをナッジすること(Report)」、「外部の人を交えたコレクティブインパクトをめざすこと(Relation)」。
 ファクトをとらえて発信し、課題の自分ごと化を促し、多くの知と連携してムーヴメントを生み出すことが役割と心得ています。
 「失われた30年」からの脱却をずっと口にしながら、なぜ私たちは変われなかったのでしょう。技術が不足していたのでもない、投資資金が不足していたのでもない、労働力が不足していたのでもない、処方箋が書けなかったのでもない。ぬるま湯と決別する覚悟、危機を自分ごと化する力が足りなかったのではないでしょうか。

「自分ごと化の力」
電通総研はこのキーワードを掲げて、
皆様とともに「変革」に向けて
歩を進めてまいります。

徳⼭⽇出男×⾕尚樹
「対談:新しい社会様式の時代へ」
PDF版のダウンロードはこちら

徳⼭⽇出男とくやま・ひでお

電通総研所長

1957年、岡山県生まれ。1979年東京大学工学部卒業後、建設省(現・国土交通省)入省、2011年国土交通省東北地方整備局長。東日本大震災対応の陣頭指揮にあたる。2013年国土交通省道路局長、2015年国土交通省事務次官を歴任。2017年から㈱電通顧問、2020年㈱電通執行役員社長補佐、2022年電通ジャパンネットワーク執行役員社長補佐、電通総研所長。

1957年、岡山県生まれ。1979年東京大学工学部卒業後、建設省(現・国土交通省)入省、2011年国土交通省東北地方整備局長。東日本大震災対応の陣頭指揮にあたる。2013年国土交通省道路局長、2015年国土交通省事務次官を歴任。2017年から㈱電通顧問、2020年㈱電通執行役員社長補佐、2022年電通ジャパンネットワーク執行役員社長補佐、電通総研所長。